東京電力が1月13日付で発表した「朝日新聞朝刊連載『プロメテウスの罠』について」を読んでみたよ!

福島第一原発の事故は間違いなく「人災」であり、東京電力の責任は重い。まず、このことを確認しておこう。加えて昨年の3月11日以降、相当の長期間にわたって新聞やテレビにおける福島第一原発の暴走にかかわる報道は「大本営発表」に他ならなかったこともここで再び確認しておこう(詳しくは拙著『報道と隠蔽』を参照して下さい)。そうしたなか朝日新聞で連載が始まった「プロメテウスの罠」に私は注目していた。特に今年に入ってからの「プロメテウスの罠」は官僚機構が「タテ割り」のゆえに、いかに機能不全を起こしていたがものの見事に活写されていた。しかし、東京電力は当時社長であった
清水が菅総理に「福島第一原子力発電所から全員撤退したいと申し入れた、また、菅総理(当時)から『撤退などあり得ない』と告げられ、清水が『はい、分かりました』と頭を下げた」という「プロメテウスの罠」の記事は事実を正確に伝えていないとして、「朝日新聞朝刊連載『プロメテウスの罠』について」というリリースを1月13日付で発表したのである。
言うまでもないことだろうが、朝日新聞で「プロメテウスの罠」の取材にかかわった記者たちは、当時総理大臣の座にあった菅直人を始め、複数の官邸の関係者に当てたうえで記事を書き上げたはずである。ところが、東京電力からすれば事実とは違うということになる。恐らく、清水本人もそのように認識しているのだろう。東京電力が認識している事実関係は、リリースに次のように書かれている。

清水が官邸に申し上げた趣旨は、「プラントが厳しい状況であるため、作業に直接関係のない社員を一時的に退避させることについて、いずれ必要となるため検討したい」というものであり、全員撤退については、考えたことも、申し上げたこともありません。
 また、3月15日午前4時30分頃に清水が官邸に呼ばれ、菅総理から撤退するつもりかと問われましたが、全員撤退を考えていない旨回答しております。

しかも、こうした認識はこのリリースによれば東京電力だけのものではなく、菅総理も国会で複数回にわたって答弁していたではないかと、次のような事例を紹介する。

○国会 参議院予算委員会での菅総理発言例 (H23.4.25)
 「つまり、15日の段階で少なくとも私のところに大臣から報告があったのは、東電がいろいろな線量の関係で引き揚げたいという話があったので、それで社長にまず来ていただいて、どうなんですと、とても引き揚げられてもらっては困るんじゃないですかと言ったら、いやいやそういうことではありませんと言って」

ちなみに東京電力はTBSが9月11日に放送放送した「震災報道スペシャ原発攻防180日間の真実」についても、今回と同じ見解を既に発表している。

当社が現場からの全面撤退を考え、それを国に伝えたという報道がなされていますが、そうした事実はありません。すなわち当社が国へ申し上げた趣旨は「プラントが厳しい状況であるため、作業に直接関係のない一部の社員を一時的に退避させることについて、いずれ必要となるため検討したい。」ということであります。
 なお、この点について、4月18日と5月2日の参議院予算委員会で、菅総理(当時)は「社長にお出ましをいただいて話を聞きました。そしたら社長は、いやいや、別に撤退という意味ではないんだということを言われました。」(4/18)、「ある段階で経産大臣の方から、どうも東電がいろいろな状況で撤退を考えているようだということが私に伝えられたものですから、社長をお招きしてどうなんだと言ったら、いやいや、そういうつもりはないけれどもという話でありました。」(5/2)と発言されています。これは、当社が認識している事実関係と一致するものと考えています。

実のところ私などは菅直人の総理大臣としての功績は新聞やテレビの報道で判断する限りは福島第一原発からの撤退を申し入れた東京電力を一喝したことにあるという印象を抱いていたのだが、即断できないにしても、「プロメテウスの罠」と東京電力のリリースを併せ読むならば、「事実」は少し違うところにあるのではないかと思えてきた。菅の参議院予算委員会での発言でもっとも重要なのは「5日の段階で少なくとも私のところに大臣から報告があったのは、東電がいろいろな線量の関係で引き揚げたいという話」が誰からあったのかということである。ここに出て来る大臣が当時、経済産業省を担当していた海江田万里であるとすれば、海江田が線量の関係で引き上げたいという話を東電の誰から聞いたかである。リスクマネジメントの観点から言えば、ここの部分の事実関係を徹底的に精査する必要があるに違いない。官邸を訪れた東京電力の清水社長に対して菅総理は「どうなんですと、とても引き揚げられてもらっては困るんじゃないですか」と言い、これに対して清水が「いやいやそういうことではありません」と言ったのは「プラントが厳しい状況であるため、作業に直接関係のない社員を一時的に退避させることについて、いずれ必要となるため検討したい」という趣旨であったのだろう。しかし、だからといって東京電力及び清水社長が免責されるかといえば、そうではあるまい。恐らく、東京電力は「大臣」なり、経済産業省の幹部なりに清水が菅に伝えたような内容の話は既に伝えていた可能性は高いだろう。それを「作業員の全員撤退」と勘違いしてしまったのではないだろうか。もし、そうだとすれば勘違いしてしまった「政府」にも責任は当然あろうが、勘違いさせてしまった東京電力もまた責任を問われてしかるべきだろう。政府にも、東京電力にも「原子力発電」を担うだけの器量がなかったということである。この御仁たちはゲンパツが暴走するなか、要するに「伝言ゲーム」の罠に嵌ってしまったのである。
それにしても東京電力朝日新聞やTBSに対して記事の訂正を求めるとか、何らかのアクションを起こしたのだろうか。リリースを発表しただけの「言いっ放し」では「真実」は藪の中である。
実は東京電力はマスメディアの報道に対して「異論」を差し挟むこの手のリリースを「当社関連報道について」として昨年の「4月5日付読売新聞『東電、賠償金仮払いへ』について」以来、45本も連発しているのである。これらは東京電力のホームページにアクセスすれば誰でも閲覧できるのだが、こんな具合に、である。

本日、「東電、賠償金仮払いへ」として、一部報道機関による報道がなされましたが、当社が公表したものではなく、当社としては承知しておりません。(4月5日付読売新聞『東電、賠償金仮払いへ』について)

本日、当社の「2011年3月期の期末配当と12年3月期の年間配当を無配とすることが確実になった」との報道が、一部報道機関によりなされましたが、現時点で決まった事実はありません。(4月12日付日本経済新聞報道「東電、無配に」について)

本日、「政府試算 原発賠償4兆円案」との報道が一部報道機関よりなされましたが、当社が公表したものでなく、現時点で決まった事実はありません。また、2011年3月期決算については現在、とりまとめ作業を進めているところであり、具体的な発表時期は申し上げられません。(5月3日付朝日新聞「政府試算 原発賠償4兆円案」について)

「当社が公表したもの」でなかったり、現時点で「決まった事実」でなかったり、現時点では「申し上げられ」ないからといって、記事が間違いであるということではあるまい。それにしても東京電力という企業自体が要するに東京電力による「大本営発表」しか記事として認めないというスタンスであるらしいことが、こうしたリリースから窺い知れる。私は福島第一原発の事故は「人災」であると思っていると書いたが、こうしたリリースから読み取れる東京電力の「論理」からすれば、国家による事故調査・検証委員会が「人災」という結論にならない限り、私の見解などは憶測、推定として退けられるのだろう。