映画作家・若松孝二が亡くなってしまった

私の好きな映画作家がまたひとり亡くなった。若松孝二である。新聞報道によれば10月12日夜、新宿区でタクシーにはねられ、搬送先の病院で亡くなったという。映画プロデューサーの奥山和由が「若松作品は金銭やスタッフに恵まれた時は傑作が少ない」(日刊ゲンダイ)と書いていたように<どんな逆境も跳ね返して映画を取り続けていた若松だけに、その死のあっけなさに私は呆気にとられるしかなかった。
私は若松の作品が好きだった。私の場合は「金銭やスタッフに恵まれた」作品も好きだった。誤解を恐れずに言えば、『犯された白衣』『処女ゲバゲバ』『秘花』にATG映画として製作され、それまでのピンク映画に比べれば金銭やスタッフに恵まれていたとおぼしき『天使の恍惚』が劣っているとは思えないのである。「孤立」とは「個立」であることをエロとテロを通じて官能的に描いた『天使の恍惚』は紛うことなき傑作であると私は断言したい。ちなみに「恍惚」を彩る音楽は山下洋輔トリオによるジャズである(『餌食』ではレゲエを使うというように若松の音楽センスは抜群である)。『天使の恍惚』を想像した作家なればこそ『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』も創造し得たのである。
若松作品の底流に流れているのは、義侠の精神にほかならないのではないだろうか。だから、若松自身が既に『聖母観音大菩薩』で告白していたことでもあるのだが、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』がそうであるように『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』においても、カメラは若松の世の中を少しでも良くしたいという情念に身を焦がす「草莽崛起」の青春に対するどこまでも優しい義侠の眼差しに共振しているのだ。そこに左右を弁別する差別意識は微塵にもない。
言うまでもなく、義侠とは「正義を守り、弱いものを助けること」であり、『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』同様の義侠の精神が『われに撃つ用意あり』にも脈打つことになる。バーのマスターに収まった68年世代の原田芳雄リボルバーを手に取り、死を覚悟しながら桃井かおりとともに敵のアジトたるフィリピン・バーにおもむくのは、台湾の少女をチャイニーズ・マフィアから救出するためである。若松は1990年代に原田芳雄をして1960年代の高倉健を復活させてしまうのである。むろん、池辺良の役割を担ったのは桃井である。『われに撃つ用意あり』も私が愛してやまない若松作品の一本である。ちなみに竹中労の企画した『戒厳令の夜』は製作が若松で、監督は『総長賭博』の山下耕一である。
若松は「性」にもこだわり続けた作家である。初期の作品ばかりではない。例えば『キャタピラー』が凡百の反戦イデオロギー映画と一線を画すのは、人間を人間たらしめる「性」の領域において戦争を告発しているからである。独断を言えば『キャタピラー』は戦争のポルノグラフィーにほかならないのである。私はこの映画を見たあと、しばらく生卵を食べる度に寺島しのぶのアップを思い出さずにはいられなかった。「演説」(党派的利害に絡めとられたアジテーション)によってではなく、生理的に戦争を嫌悪させる作品は、そうザラにあるものではない。