【文徒】2019年(平成31)4月11日(第7巻66号・通巻1484号)


Index------------------------------------------------------
1)【記事】震災芸誌「ららほら」を創刊する藤田直哉と小説「美しい顔」
2)【記事】本屋大賞で改めて注目集める瀬尾まいこと“家族小説
3)【本日の一行情報】
4)【深夜の誌人語録】
----------------------------------------2019.4.11 Shuppanjin

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【告知】明日、4月12日付で社告を掲載する予定でいます。
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1)【記事】震災芸誌「ららほら」を創刊する藤田直哉と小説「美しい顔」

日本推理作家協会賞の候補作が発表された。「評論・研究部門」に藤田直哉の「娯楽としての炎上 ポスト・トゥルース時代のミステリ」(南雲堂)がノミネートされている。
http://www.mystery.or.jp/information
シン・ゴジラ論」(作品社)や「新世紀ゾンビ論――ゾンビとは、あなたであり、わたしである」(筑摩書房)は刺激的な論考であった。最近では講談社の「現代ビジネス」にも寄稿している。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59231
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59102
日本推理作家協会賞の発表は4月25日だが、受賞するかどうかは別にして、藤田には東日本大震災を経験した人の言葉を集めた震災芸誌「ららほら」の創刊が待っている。「ららほら」の発売は4月30日。版元はアマゾンで見るとわかるが札幌に拠点を置く響社であるようだ。藤田は札幌の出身である。
https://amzn.to/2uXcEWE
藤田は「ららほら」を刊行するに際して「CAMPFIRE」を使ったクラウドファンディングも実施し、約116万円を集めている
東日本大震災と、その後に続く出来事、経験や思考・感情について、まだまだわからないことばかりです。多くの人が、言葉にしにくい体験を言葉にし、共有するためにこそ、学は役割を果たせるのではないかと思っています。
実際に体験したり、近くで考えてきた無数の経験や思考や感情のすべてに『意味』があるのだと思います。それを言葉にしたものには、どんなものであれ、価値があると信じています。なので、現状の芸誌の条件では流通させることが難しいそのような『言葉』を、発し、受け止めるための場を作ることにしました。それがこの芸誌『ららほら』です。
『ららほら』とは『ささいなうそ』を意味します。『うそ』にネガティヴな意味はありません。フィクションを通じて到達できる『真実』、フィクションの形にすることでようやく発することができる『言葉』があるはずだと信じています。なるべくそれらを受け止めたい。だからこの芸誌を創刊し、皆様に投稿を呼びかけています」
https://camp-fire.jp/projects/24404/activities/48618
「ららほら」の目次が発表された。
目次
藤田直哉 「はじめに」
Ⅰ 当事者たち
平山睦子 「家族という壁」
大澤史伸 「藤田直哉さんへの手紙」
木田修作 「あの日からのこと」
木田久恵 「「分からない」から始まった」
Ⅱ 被災地の言葉を集める者たち
小松理虔 「語りにくさをくぐり抜ける、小さな場づくり」
金菱清  「「亡き人への手紙」から考えざるを得なかったこと」
瀬尾夏美 「震災後に書き始める」
川口勉  「彼らの原発
土方正志 「被災地で本を編む」
甲斐賢治、清水有、田中千秋「信頼できる状況を作り出すために――「3がつ11にちをわすれないためにセンター」の挑戦」
Ⅲ 特別寄稿
室井光弘 「〈冬の大三角〉座で正しく不安を学ぶ」
藤田直哉 「おわりに」
https://rarahoratohoku.wixsite.com/rarahora/blog/%E3%80%8E%E3%82%89%E3%82%89%E3%81%BB%E3%82%89%E3%80%8F%E5%88%8A%E8%A1%8C%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99-%E7%9B%AE%E6%AC%A1
「ららほら」の創刊を前に藤田直哉は「『ららほら』の立場から、『美しい顔』について考えたこと」を「ららほら」のホームページで公開した。金菱清が「ららほら」に寄稿していることを踏まえてての章である。
「北条裕子氏の『美しい顔』が刊行されるにあたり、『ららほら』に寄稿してくださった金菱清氏が、 「「美しい顔」の出版について談話だと当方が協議や交渉を経て改訂稿を認める形になっています。そのような事実はなく、改訂案が一方的に送られてきました。原作者が「剽窃」の疑われている作品の改訂への関与など断じてありえません。編著者の関与について撤回訂正を求めます。」
https://twitter.com/kanabun0711/status/1114698406201401344
と改めて問題提起をなさった。
それを受けて、この問題に対しての議論を耕し、多くの人々に何が問題なのか共有していただき、必要な共感を育むために、この章を公開することにした」
こう書いたうえで「美しい顔」について藤田は丁寧に論じる。こんな具合に、だ。
「被災地に取材に来たカメラマンを、かわいそうな人間を消費するポルノグラフィを撮影しに来た人として描き、その欲望に呼応してかわいそうな被災者を演じていく目立ちたがりの若い女性の共犯関係を描いた箇所がある。端的に言って、カメラマンは災害のカタストロフに興奮し、かわいそうな被災者でオナニーしている、と描いているし、被災者は被災者で物語を演じて同情などをせしめる詐欺師みたいに描かれている。
『公』の名の下の抑圧により発せられない声を発することこそが、学の使命であると考えた場合、この作品を擁護しなくてはいけないのではないか? 理屈としてはそうなのかもしれないが、どうもぼくにはこれが『本当の言葉』のようには感じない。これは倫理的というよりは、美的な判断だ。
作者の演技的な人格における『本当の言葉』は確かにあるが、震災という未曽有の経験に即した『本当の言葉』という、ぼくらが耳を澄ませようとしている特異な声とは程遠い、ステレオタイプな声でしかない。もちろん、こういう皮肉の面白みや問題提起の価値は認めるし、才気ある体であることも否定しない。が、個人的には、『ららほら』とは正反対の方向を向いている震災後学だと感じる」
https://rarahoratohoku.wixsite.com/rarahora/blog/%E3%80%8E%E3%82%89%E3%82%89%E3%81%BB%E3%82%89%E3%80%8F%E3%81%AE%E7%AB%8B%E5%A0%B4%E3%81%8B%E3%82%89%E3%80%81%E3%80%8E%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E9%A1%94%E3%80%8F%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E8%80%83%E3%81%88%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8
今の商業出版に何が欠けているのか胸に手を当てて考えてみてもらいたい。すなわち、講談社の発表した「『美しい顔』刊行についてのお知らせ」には、「献編著者および関係者との協議と交渉を経て」とあるが、金菱清との間において、「協議と交渉」がどのようなものであったかを落ち着いて考えるべきである。
金菱のツイートが事実と異なるのであれば、その旨を大衆的に明らかにして、そのような言説に対して遺憾であるとはっきりと情報発信すべきではないだろうか。金菱の出方を待つ? もし、そうだとすれば、そういう発想自体が読者の存在を忘れているか、軽視している思考法であると私には思えてならないのである。私が丁寧さや質の問題を投げかけたのは、この意味においてである。

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2)【記事】本屋大賞で改めて注目集める瀬尾まいこと“家族小説

書店の店頭には本屋大賞を受賞した瀬尾まいこの「そして、バトンは渡された」(藝春秋)が溢れかえっている。瀬尾は初ノミネートでの受賞となった。本屋大賞は報道番組でもしっかりと時間をかけて取り上げられているので、売れ行きに拍車がかかることになろう。紀伊國屋書店 新宿本店のツイートをご覧ください。
「【2階学】つい先ほど本屋大賞が発表されました!
大賞作品は瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』です!
2階エスカレーターへ上がってすぐD4にて大規模展開しております。他のノミネート作品もございます。ぜひご覧くださいませ! hh」
https://twitter.com/KinoShinjuku/status/1115571426205949958
5月3日(金・祝)に三省堂書店池袋本店で「そして、バトンは渡された」本屋大賞受賞記念サイン会が開催される。
https://books.bunshun.jp/articles/-/4735
「そして、バトンは渡された」は既に紀伊國屋書店のスタッフによる「キノベス! 2019」でも第1位となっている。
https://www.kinokuniya.co.jp/c/company/pressrelease/20181226120001.html
瀬尾は「春オンライン」に掲載された「本屋大賞受賞 瀬尾まいこが『そして、バトンは渡された』を書いた理由」で次のように語っている。
「血が繋がっていてもいなくても、誰かに愛情を注ぐことはできる。そして、それは愛情を注ぐ側の人生をも変えてくれる――この確信をもって、私は『そして、バトンは渡された』を書いたのです」
https://bunshun.jp/articles/-/11408
Yahoo!ニュース」は「子どもを巡る悲しいニュースの裏で、守る大人もいる――元教師の作家が語る『優しい大人たち』」を掲載している。
「『そして、バトンは渡された』という作品は、実の両親がおらず、保護者が次々と代わり、4度名字が変わった女子高生が主人公だ。一見、悲惨にも見えるこの設定だが、周囲はその主人公を優しく見守る。瀬尾の作品には、こうした大人の『優しさ』を感じるものが多い。その理由を聞くと、『私の周りには悪い大人はいなかった』という答えがかえってきた」
https://news.yahoo.co.jp/feature/1297
勝木書店本店の樋口麻衣は「WEB本の雑誌」で「そして、バトンは渡された」を次のように評している。
「読みながら幸せな気分になる、読んだ後幸せな気持ちで満たされる、そういう小説を読んだ経験はたくさんあります。でも、読んだ後、日にちが経っても、その幸せがずっと続いていて、思わず笑顔になってしまうような経験はそれほど多くはありません。
今回紹介させていただく『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ藝春秋)を読んでから、私はずっと穏やかで温かく、幸せな気持ちでいることができています」
http://www.webdoku.jp/cafe/higuchi/20190117094711.html
産経ニュースの書評で童話作家赤羽じゅんこ瀬尾まいこを「家族小説の名手」とし、「そして、バトンは渡された」については「さらっと読めるが、本を閉じた後、家族の意味を問い直したくなる、新感覚の家族小説だ」と評価している。
https://www.sankei.com/life/news/180325/lif1803250030-n2.html

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3)【本日の一行情報】

◎学生を対象としたコミュニケーションビジネス アイディアコンテスト「Advertising Week Asia 学生コンペティション2019」が5月27日(月)に開催される。共催に名前を連ねているのは、イグナイト、ADKクリエイティブ・ワン、電通イージス・ジャパン、東急エージェンシー博報堂ジェイアール東日本企画
https://www.atpress.ne.jp/news/181400

◎「デイリー新潮」が公開した「俳優『北村一輝』がカレー屋に華麗なる転身 20年来の悲願達成でそのお味は?」は、北村が赤坂に客席が僅か9席という「大阪カレー」の店をオープンしたというだけの話だが、ウェブ向きの記事である。こうした「週刊新潮WEB取材班」によるオリジナル記事が増えていけば、「デイリー新潮」は存在感を増すはずである。「紙」ほど捻りを利かす必要はないということだ
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/04090557/?all=1&page=1

トーハンと日販は、昨年11月7日に締結した物流協業の検討を開始する基本合意書に基づき、両社間における物流協業の可能性について検討を行って来たが、雑誌返品処理業務、書籍返品処理業務、書籍新刊送品業務という3業務について協業を進めるべきであるとの合意に至った。これにより2020年度以降順次、該当業務について両社が保有る物流拠点の統廃合を実行に移し、効率的な出版物流の実現を目指す。
今後、両社メンバーにより、協業実行委員会および協業3業務それぞれを担当する実行委員会を設け、物流協業の具体化に向けた検討に移行する。
雑誌送品業務については、総コストにおける輸配送運賃の割合が約7割と大きく、物流拠点の統廃合や相互活用だけでは協業効果を生み出しにくいため、引き続き両社において、サプライチェーン全体の効率化を視野にゼロベースで検討していくことになった。
協業により物流の効率性を高め、出版取次会社としてサービスの維持向上を図り、マーケットイン型の出版流通ネットワークの実現を推進していくことになる。
https://www.nippan.co.jp/news/20190409/
https://www.tohan.jp/news/20190409_1386.html
日経が4月9日付「日販、トーハンと物流で協業 書籍返品で協力」は書いている。
「アマゾンジャパン(東京・目黒)などインターネット通販の台頭に加え、人手不足による物流費の高騰で経営環境が悪化しており、両社で物流網を見直すことで収益力を高める」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43512930Z00C19A4X30000/

◎久しぶりに「Pen」(CCCメディアハウス)を買うことになるだろう。4月15日発売の5月1・15日GW合併号が尾崎豊特集する。タイトルは「尾崎豊、アイラブユー」。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000268.000011369.html
オレは尾崎の(例えば真実を「共同条理の原理の嘘」として捉えるような)青臭さが嫌いじゃなかったんだよね。
http://j-lyric.net/artist/a000ee6/l005e55.html

◎「MONEY VOICE」が掲載した「韓国サムスン電子、営業益6割減で窮地に。さらにAmazonから8,000億円規模のリコール要請か」で次のような一を発見した。
AmazonGoogleの動きを見ていればわかるが、結局、コンテンツの利用というのは相乗効果があるので、どんどん1つのところに集約していくのだ。AmazonGoogleは明らかにそれを狙っている」
https://blogos.com/article/369699/
ストリーミングサービスとはプラットフォーマーによるコンテンツの囲い込みにほかならないということだ。「コンテンツの囲い込み」とは、オレ流にいうと「〈帝国〉化」。

◎今度は新札特需の到来か。KADOKAWA、機を見るに敏だね。角川ソフィア庫の渋沢栄一論語と算盤」と「渋沢百訓 論語・人生・経営」の緊急重版を決定した。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000005727.000007006.html
機を見るに敏はKADOKAWAばかりではない。平凡社も「現代語訳 渋沢栄一自伝」を重版する。
「『現代語訳 渋沢栄一自伝』重版するんですが、幕末の農家に生まれ倒幕を志す志士となるも慶喜に仕え、幕臣として渡仏すると帰国後はその幕府が倒れ、維新後は新政府で官僚となるも、実業家へ転身、現みずほ銀、キリンビールなど約470の企業の創業に関わるとかもう早く大河ドラマにした方がいいのでは…」
https://twitter.com/Heibonsha_L/status/1115615846833909761
筑摩書房ちくま新書「現代語訳 論語と算盤」の重版2万部を決定した。泥鰌は何匹いることやら。
https://www.oricon.co.jp/news/2133244/full/
私にとっては渋沢栄一といえば渋沢敬三であり、渋沢敬三といえば宮本常一であり、宮本常一といえば網野善彦なんだよなあ。学史的にいえば遠戚に澁澤龍彦がいる。いずれにしても令和と新札で「忖度の過去」を忘れてしまおうという算盤を弾いているんじゃないの。

本屋大賞翻訳小説部門の大賞はアンソニーホロヴィッツの「カササギ殺人事件」(東京創元社)だった。
https://www.hontai.or.jp/

◎「東洋経済オンライン」が公開した「『本屋大賞』批判はあっても高く支持される理由」は、こう書く。
「この賞に一貫しているのは、ひとことで言えば『親近感をもたせる素人感』だ」
https://toyokeizai.net/articles/-/274797

◎LINEが運営する「LINEアカウントメディア プラットフォーム」に共同通信、「東洋経済オンライン」、「madameFIGAROjapon」「PenOnline」「CamCanMOOK」など8媒体が新たに参画し、参画メディアは計304媒体となった。
https://www.jiji.com/jc/article?k=000001548.000001594&g=prt

毎日新聞の4月9日付「NHK、板野氏返り咲きを正式発表 関係者『首相官邸の意向』」は書いている。
NHKは9日、元専務理事の板野裕爾NHKエンタープライズNEP)社長(65)を専務理事に復帰させる人事を発表した。同日の経営委員会で同意を得た。複数のNHK関係者は、政権に太いパイプを持つとされる板野氏の復帰は『首相官邸の意向』と明かし、NHKと政権との距離を危惧する声が上がっている」
https://mainichi.jp/articles/20190409/k00/00m/040/220000c

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4)【深夜の誌人語録】

勘違いとは分際をわきまえないことである。