【文徒】2020年(令和2)1月10日(第8巻5号・通巻1662号)


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1)【記事】ゴーン会見に参加した『NEWSポストセブン』と朝日新聞の違い
2)【本日の一行情報】
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1)【記事】ゴーン会見に参加した『NEWSポストセブン』と朝日新聞の違い(岩本太郎)

カルロス・ゴーンの記者会見に出席できた日本のメディアは朝日新聞とテレビ東京小学館週刊ポスト』『NEWSポストセブン』合同取材班の3者のみ。参加できたメディアは12カ国の約60社で、ゴーン自身が選んだという。安藤優子を現地に派遣したフジテレビでも入れなかった中で、唯一テレビ局ではテレビ東京だけが参加を許可された場面を、『日刊ゲンダイ』が民放記者という人物のこんなコメントを添えて紹介した。
《日本メディアでは、週刊誌なども取材が認められましたが、ハッキリ言って理由がわからない。入場前に取材記者の名前を呼ばれて取材の可否が分かるので、テレ東記者が呼ばれた時は『おおっ』という、疑問と驚きが混ざったような声が日本人記者の間から出ました》
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/267324
『フランス・ジャポン・エコー』の編集長で仏フィガロ東京特派員であるレジス・アルノーは8日の会見直前、『東洋経済オンライン』への寄稿で《ゴーン氏は、テレビのレポーターには愛想がいいが、自分の都合の悪い記事を書く新聞や雑誌記者には会いたがっていない》としつつ《日本のメディアで出席が許されているのは4社のみ》と語っていた。
https://toyokeizai.net/articles/-/323676
「なぜ(日本からは)一部のメディアしか招かなかったのか」と、小学館合同取材班の記者は質疑応答でゴーンに問うた。それに対してゴーンは「日本のメディアを差別したわけではない」と前置きしつつ答えた。
《あなたが参加できているのは、客観的な見方ができる方と判断されたからです。正直に言って、プロパガンダを持って発言する人たちは私にとってプラスにならない》
https://www.daily.co.jp/gossip/2020/01/09/0013019281.shtml
その「あなた」と呼ばれた合同取材記者・宮下洋一は翌朝の『NEWSポストセブン』で「記者が目の前で見たゴーン氏会見 日本メディアには笑顔なく」と題したレポートをレバノンから送ってきた。記者会見の模様は日本でもテレビ東京や『AbemaTV』でリアルタイムに見られたが、ここにはそうした会見ライブ映像では伝わってこなかった会場内の雰囲気、質問に対するゴーンのリアクションが細かく報じられている。
《フランスの大手テレビ局の質問が来れば、「オー、LCIか!」とニコリと笑って、長々と答えていた。彼の表情は、まったく疲れていなかった。解放感に溢れるこの状況で、むしろ生き生きとしているように見えた。やっと自らの思いを世界の報道陣を前に話ができるという気持ちが前面に出ていた》
《「愛するキャロルに会いたかったんだ……」
最前列に座っていたキャロル夫人の横に移動していた私は、夫の愛情の言葉を聞くたびに、両手の指を絡める反応をしたり、微笑む表情を作ったりしている様子を見ることができた》
上記のように他のメディアでも報じられた自身の質問場面にについてはゴーンの表情も描写しつつ、こう伝えている。
《私がそう尋ねたとき、ゴーン氏の表情は険しかった。興味深いのは、我々日本のメディアに対しては、ほとんど笑顔を見せなかったことだ。眉間にしわを寄せ、終始、厳しい表情で訴えていた》
雑誌記者ならではの醍醐味だろう。他のメディアはゴーンの「日本のメディアを差別したわけではない」との言葉をエクスキューズの意味も込めてか頭に添えている。しかしこの宮下がまさに現場で対峙したうえでの描写からは、やはりゴーンは日本のメディアに対して含むものがあったのではないか、との思いが頭に浮かんでくる。
ちなみに、宮下は終了後、横にいたというキャロルにも直撃している。彼女は一言《日本の司法は残酷よ》と答えただけだそうだが、司法のみならず「日本のメディア」についても「残酷よ」と思っていたのか。それとも私が想像するに「ちょろいわね」だったのか。
https://www.news-postseven.com/archives/20200109_1523695.html
https://www.news-postseven.com/archives/20200109_1523635.html
https://www.news-postseven.com/archives/20200109_1523659.html
そうした現地発のライブレポートと比べると、日本の大手メディアによる翌朝の報道は何とも味気ない。朝日新聞はせっかく会見に参加できたのに、司法担当記者・根津弥による「記者の視点」など「説得力に欠けたゴーン被告、なぜ裁判逃げた」と、中継を見ているだけでも書けるレベルだ。
《無罪を示す具体的な証拠や書面が示されることはなく、従来の主張の繰り返しに終始した。疑念を払拭(ふっしょく)するまでの説得力には欠けていたと言わざるを得ない。(略)「裁判で無実を証明する」と主張しながら保釈条件を破り、不正な手段で海外に逃亡した前会長の言葉を、額面通りに受け取るわけにはいかない》
https://www.asahi.com/articles/ASN185Q7MN18UHBI030.html
現地の情景まで求めるのは詮無いかもしれないが、では司法記者の知見に基づいた切り込みはあったのかと批判するのはフリー記者の安井孝之。朝日OBだが、もともと経済誌の記者だった人物だ。
《この記事に欠けている視点は、特捜事件に関する多くの問題点と推定無罪を前提にした諸制度が不十分な日本の現状についての認識。短い記事ではあるが、それが微塵も無いようでは、説得力に欠ける》
https://twitter.com/yasuitkyk/status/1215013181539549184
同じく朝日OBの柴山哲也もCNNを引用。「やるならここまでやれ」と言いたいようだ。
《CNN では会見で明らかなった人質司法の座談会をやっており、ゴーン氏の妻への逮捕状について、後付けの容疑で意味のないもので、逃げたゴーン氏に対する復讐だろう等と語っていた。
米国人のケリー氏もゴーン氏と共に空港に着いた直後に逮捕されており、無実を訴えており米国内でも議論を呼ぶだろう》
https://twitter.com/shibayama_t/status/1215003288677957632
東京新聞記者で外報部や経済部でも活躍してきた藤川大樹も外報を引用しながらこう述べる。
《ゴーン被告の記者会見を受け、ガーディアンが日本の司法制度を批判する論説記事を掲載。日本メディアの事件報道も過渡期を迎えているのかもしれない》
https://twitter.com/1980daiju/status/1215105366209417216
こうした分析も、あるいは宮下のような「生のゴーン」に肉迫する描写もないようでは、せっかくゴーンに「選ばれたメディア」として会見に参加した意味もなかろうというものだ。

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2)【本日の一行情報】(岩本太郎)

◎「ウルトラマン」シリーズをはじめとする数多くの特撮番組やアニメ番組を手掛けてきた脚本家の上原正三が2日に肝臓がんで死去。享年82。葬儀は近親者により行われたという。『帰ってきたウルトラマン』第33話「怪獣使いと少年についてはよく語られるが、同シリーズ自体、上原の出身地である沖縄が焼け野原になった記憶が濃厚に投影されるなど、当時の私(7歳で『小学一年生』の連載と同時並行で毎週見ていた)たち子供にも恐怖を植え付けた。
怪獣使いと少年」が物議を醸した件などについては『ハフポスト日本版』エディターの安藤健二が2003年にインタビューした際の上原の言葉を訃報で紹介している。
《あれも(放映したTBSの)局内ではかなり問題になって、修正も加えられたんです。それで僕と(監督を務めた)東條昭平は草鞋を履かされてしばらく(『帰ってきたウルトラマン』の制作から)遠ざかったからね。でも、そうやって作られたものはいい悪いじゃなくて、インパクトが真実の姿として、または映像として見た人の中に残っていくわけです。富山のある中学校の先生は、『怪獣使いと少年』を教材にして生達に教えたそうです》
《何でもかんでも自主規制がはびこると、作品自体を貧しくするという気はしますね。作家の想像力までを規制してしまう。作家がお利口さんになっちゃうのね。だって、作家って危ないものじゃない表現の自由の中には、自分の良識の範囲内というのも当然ある。でも、クリエイティブの世界では、ある意味での狂気って必要だと思うんですよ》
https://www.huffingtonpost.jp/entry/uehara_jp_5e168aacc5b61f7019490423?ncid

◎元情報センター出版局編集者の田代靖久が、同社在籍時代の回顧録として「note」に連載してきた『その出版社、凶暴につき』が、単行本化に先立ち『本の雑誌』2月号より連載が始まった。「note」連載時からはかなり改稿されているようで、同出版局局長だった編集者・星山佳須也も実名での登場に変更。田代も少し前からtwitterアカウント名を「古き良き時代のノンフィクション書籍編集者」から本名に改めている。
https://twitter.com/EDEN_RRR/status/1213970442131632128
https://twitter.com/EDEN_RRR/status/1215090606969479168

◎マガジンハウス『anan』は今年3月3日で創刊50周年。これを記念した特別サイトが8日にオープンした。
https://50.ananweb.jp/
50周年記念連載「私とanan」ロング・インタビューの第1回には大橋歩が登場。言わずと知れた同誌のトレードマーク「パンダのイラスト」の生みの親。創刊前に清水達夫から直々に声が掛かって参加。ともにまだ若かっ原由美子近田春夫と草創期の熱気の中を生き、現在でも村上春樹のエッセイ挿画を担当する、まさに『anan』の生きた伝説である。
https://50.ananweb.jp/interview/interview-163/

集英社は『ヤングジャンプ』が昨年で創刊40周年を迎えたことを記念した「賞金総額最大1億円40漫画賞」を創設し、昨9日より作品の募集を開始した(5月31日締切)。「歴史漫画賞」「ブコメ漫画賞」など全部で40テーマの漫画賞を設け、各部門で大賞100万円、準大賞50万円など計250万円の賞金を設定。その総計が最大1億円となる。審査員には「キングダム」原泰久や「かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~」の赤坂アカなどの『ヤングジャンプ』連載作家陣のほか、プロ野球福岡ソフトバンクホークス柳田悠岐や宇宙飛行士の野口聡一など各界の著名人も参加するという。
https://yj40comicaward.jp/
https://animeanime.jp/article/2020/01/09/50803.html
https://sanspo.com/geino/news/20200109/sot20010905000002-n1.html

◎東京・新宿区百人町のトークライブハウス「ネイキッドロフトでは2月1日夜「出版業界は滅亡するのか2020」と題したライブが開催される。司会はTRPGデザイナー・漫画家の井上純一ゲストには星海社副社長の太田克史が登壇する。
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/naked/135143
https://getnews.jp/archives/2350161
案内に《終わらない出版不況》とあるが、「不況」ならばいずれ「底」を打つ。だが現状はとっくに「底」も抜けて確実に《終わる出版業界》を前提に、その後のことを考えるべき段階ではないのか。講談社の子会社で天下ってきた立場の副社長に、はたしてどこまでそういう話が期待できるのかはわからないが。

◎TBSの政治記者だった田中良紹が1990年に設立した国会中継の専門放送事業者「シー・ネット」が、昨年12月25日付で東京地裁より破産手続の開始決定を受けて倒産。
もともとアメリカの議会中継専門局「C-SPAN」の総代理店としてスタートし、田中が退社後の1998年よりCS放送で国会審議を中継する『国会TV』を運営していたが、2001年には放送使用料の未払いなどによりCS放送は中止。以後はCATVやインターネットでの配信にシフトしていた。
https://www.fukeiki.com/2020/01/kokkai-tv-cnet.html

平凡社の創設者で、地元の兵庫県丹波篠山市出身である下中弥三郎の生い立ちを、丹波市に本社を置く地域紙『丹波新聞』が報じている。
幼少時の困窮から独学のうえ教職に就き、やがて上京した後に36歳で平凡社を創業。日本最初の教員組合「啓明会」や「亜細亜協会」を設立、大政翼賛会中央協力会議の議員から戦後は一転、現憲法を讃えて湯川秀樹平塚らいてうらと共に「世界平和アピール七人委員会」を組織したといったプロフィールまで紹介している。
https://tanba.jp/2020/01/%e5%87%ba%e7%89%88%e4%ba%ba%e3%80%81%e6%95%99%e8%82%b2%e8%80%85%e3%81%ae%e6%9e%a0%e8%b6%85%e3%81%88%e3%81%9f%e5%b7%a8%e4%ba%ba%e3%80%80%e3%80%8c%e5%b9%b3%e5%87%a1%e7%a4%be%e3%80%8d%e8%a8%ad%e7%ab%8b-2/
出版人であれば中島岳志の「下中彌三郎 アジア主義から世界連邦運動へ」(平凡社)には目を通しておきたい。
https://www.heibonsha.co.jp/book/b193646.html
三角寛の名前を一躍有名にする「説教強盗事件」に際しては、犯人を捕まえたならば懸賞金を出すという新聞広告を出したのも下中だし、もともとは石川三四郎と親しかったのだが、最終的には国家社会主義者になっていく。

大阪府内で産経新聞に続いて毎日新聞でも読者への違法勧誘が表面化した背景について『弁護士ドットコムニュース』がレポートしている。産経は大阪本社の発行部数の方が東京本社より約20万部多く夕刊も大阪のみでの発行、毎日も大阪における朝刊販売部数が45万部で東京の2倍以上になっており、今なお《経営上の要所として大阪では激しい読者獲得競争が繰り広げられていることがうかがえる》としている。
https://bengo4.com/c_8/n_10619/

◎名古屋では目下「酒場本」の出版ラッシュが起こっているそうだ。当地の「名古屋ネタライター」で自らも『名古屋の酒場』などの著書を持つ大竹敏之がその背景を解説している。
https://news.yahoo.co.jp/byline/otaketoshiyuki/20200106-00156682/

◎『日刊サイゾー』が「宝島社、洋泉社を吸収合併でジャニーズ事務所との雪解け間近?」と題してレポート。ジャニーズの天敵として知られる宝島社だが、子会社の洋泉社が発行してきたムック『CLUSTER』は無名のジャニーズJr.まで紹介する、さながら「ジャニーズムック」的な役割を果たしてきた。今回の吸収合併に際して宝島社は『映画秘宝』などの洋泉社の媒体は引き継がないと表明しているが、『CLUSTER』については1月号から宝島社で発売されるという。
https://cyzo.com/2020/01/post_227555_entry.html

◎『DAYS JAPAN』発行人だった広河隆一に性交を強いられたなどとして、被害を受けた女性の1人が同誌発行元のデイズジャパン社に対して、慰謝料など400万円の損害賠償を1月7日に請求したそうだ。『BuzzFeed』の小林明子によると、先の検証報告を受けて同社がサイト上に相談窓口を開設したことのほか、伊藤詩織が例の民事訴訟で勝訴した件にも背中を押されたらしい。
https://www.buzzfeed.com/jp/akikokobayashi/daysseikyu?utm