【文徒】2021年(令和3)4月5日(第9巻62号・通巻1959号)


Index------------------------------------------------------
1)【記事】虚妄の聖火リレーがつづくなか東京五輪組織委がジャーナリズムを「攻撃」?!
2)【記事】講談社魚住昭の「出版と権力」を刊行した意味は?
3)【本日の一行情報】
4)【深夜の誌人語録】
5)【お知らせ】 
----------------------------------------2021.4.5 Shuppanjin

1)【記事】虚妄の聖火リレーがつづくなか東京五輪組織委がジャーナリズムを「攻撃」?!

毎日新聞は4月1日付で「大阪市聖火リレー中止へ 府聖火リレー実行委で近く正式決定」を掲載している。
大阪府の吉村洋知事は1日、新型コロナウイルスの「まん延防止等重点措置」が適用される大阪市について、東京オリンピック聖火リレーを中止すべきだとの考えを示した。府の聖火リレー実行委員会で近く正式決定し、大会組織委に伝える。菅義偉首相も「大阪は中止と承知している」と述べており、大阪市での聖火リレーは中止の方向となった。》
https://mainichi.jp/articles/20210401/k00/00m/040/417000c
同紙同日付で、こんな記事も掲載している。「愛知の聖火リレー男性限定区間 舟『女人禁制』理由も批判の声」だ。
《愛知県で6日に行われる東京オリンピック聖火リレーのうち、同県半田市内を舟で通るコースが「男性限定」となっている。同市で江戸時代から続く「ちんとろ祭り」で使用されている舟にランナーを乗せて聖火を運ぶが、舟が伝統的に「女人禁制」であることを踏まえ、同市の申請を受け愛知県実行委員会が決定した。識者からは「男女平等をうたう五輪憲章を理解していないのでは」と批判の声が上がっている。》
https://mainichi.jp/articles/20210401/k00/00m/050/351000c
弁護士・堀新がツイートしている。
《宗教祭祀の理由で「女人禁制」だというならば、性差別を禁ずる五輪理念とは相容れない異質な原理の領域なのだから、五輪の聖火のコースからは除外するべきでしょう。》
https://twitter.com/ShinHori1/status/1377764976035721218
毎日新聞は4月2日付で「『女人禁制』舟 聖火リレーで一転、乗船可能に 愛知・半田」を掲載している。
《愛知県半田市で6日に実施される東京オリンピック聖火リレーのうち、祭りに使用する女人禁制の「ちんとろ舟」で通るコースでランナーを含む乗船者を男性に限定している問題で、県実行委員会と市は2日、毎日新聞の報道を受け、女性も乗船可能と変更した。》
https://mainichi.jp/articles/20210402/k00/00m/040/107000c
NHKは「聖火ランナー」の映像を記録し、公開している。まあ、ご覧あれ。
https://sports.nhk.or.jp/olympic/torch/runners/1ksaanyf/
白石草がツイッターで解説してくれている。
《沿道から「オリンピックはいらないぞ~」という声があがった1:00前後からNHKの中継音声がなくなる。》
https://twitter.com/hamemen/status/1377623168668536835
朝日新聞デジタルは4月1日付で「島根知事『五輪本体が問題』 吉村知事の発言は『自然』」(清水優志)を掲載している。
《丸山知事は、島根県聖火リレーを中止するかどうか、最終判断の時期を今月半ばまでとしているが、「私は現在の状況では五輪本体の開催を問題だとしている。大阪はやれるものならやりたいと考えていて、同じ仲間が増えたとは思っていない。冷静に受け止めている」と述べた。》
https://digital.asahi.com/articles/ASP416KSGP41PTIL035.html
こうした空気のなかで著作権を持ち出しての春ジャーナリズム攻撃が始まった。スポニチは4月1日付で「開閉会式報道の春に組織委が厳重抗議 雑誌回収要求、内部調査で法的措置も」を掲載している。
東京五輪パラリンピック組織委員会は3月31日の春オンラインと1日発売の週刊春が東京大会の開閉会式の内容を報じたことについて、株式会社藝春秋に対し、書面で厳重な抗議を行ったと発表した。内部資料を掲載して販売することは著作権の侵害にあたるとして、雑誌の回収やオンライン記事の全面削除、資料の破棄などを求め、警察に相談して徹底的な内部調査を行うことも明かした。》
https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2021/04/01/kiji/20210401s00048000575000c.html
春オンライン」が3月31日付で発表した「『AKIRA』主人公のバイクが… 渡辺直美も絶賛した『MIKIKOチーム開会式案』の全貌」と「週刊春」4月8日号が掲載した記事を問題にしてのことだ。
《プレゼン資料によれば、セレモニーは、会場を一台の赤いバイクが颯爽と駆け抜けるシーンで幕を開ける。漫画家・大友克洋氏が2020年東京五輪を“予言”した作品として話題となった『AKIRA』の主人公が乗っているバイクだ。プロジェクションマッピングを駆使し、東京の街が次々と浮かび上がっていく三浦大知、菅原小春ら世界に名立たるダンサーが花を添え、会場には大友氏が描き下ろした『2020年のネオ東京』が映し出される。》
https://bunshun.jp/articles/-/44482
組織委が発表したコメントの全を日刊スポーツや「東スポWeb」が公開している。そこには、確かにこう書かれている。
《営業秘密を不正に開示する者には、不正競争防止法違反の罪及び業務妨害罪が成立しうるものであり、組織委員会としては、今回の事態を重く受けとめ、所管の警察に相談をしつつ、守秘義務違反を含め、徹底的な内部調査に着手しました。開閉会式の業務受託会社である株式会社電通に対しても、同様の徹底調査と報告を要請しました。さらに、制作チームの当時のクリエイティブディレクターなど、内容を知りうる全ての関係者には、あらためて守秘義務の遵守徹底を求めてまいります。》
https://www.nikkansports.com/olympic/tokyo2020/news/202104010001298.html
https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/2975346/
「週刊春」は4月2日付で次のような「東京五輪組織委員会の『週刊春 発売中止及び回収』要求に対する『週刊春』編集部のコメント」が発表された。
《記事は、演出家のMIKIKO氏が開会式責任者から排除されていく過程で、葬り去られてしまった開会式案などを報じています。侮辱演出案や政治家の“口利き”など不適切な運営が行われ、巨額の税金が浪費された疑いがある開会式の内情を報じることには高い公共性、公益性があります。著作権法違反や業務妨害にあたるものでないことは明らかです。
小誌に対して、極めて異例の「雑誌の発売中止、回収」を求める組織委員会の姿勢は、税金が投入されている公共性の高い組織のあり方として、異常なものと考えています。小誌は、こうした不当な要求に応じることなく、今後も取材、報道を続けていきます。》
https://bunshun.jp/articles/-/44573
ガラスの仮面」の美内すずえ春を支持している。
《驚きました。そんな事、許されるはずありません。春さんには、これからも頑張っていただきたいです。》
https://twitter.com/miuchibell/status/1377881851570753538
ハーバー・ビジネス・オンラインが呟く。
春さんを支持。》
https://twitter.com/hboljp/status/1377897737232916481
布施祐仁も。
《これは春の言う通りだと思う。》
https://twitter.com/yujinfuse/status/1377871807194132481
東洋経済記者・中野大樹は春の屈しない姿勢を評価している。
東京五輪組織委員会、さすがにこれは酷いのでは。
政治家による私物化などの本筋には何も反論せず、正当性も薄いテクニカルな方法で報道を潰そうとするとは。
春さんを全面的に支持します。》
組織委員会には、何のための、誰のためのオリンピックなのかを考え直して欲しい。
そして公権力に近い組織がこういうことをする意味も。
春さんの屈しない姿勢はさすがです。》
https://twitter.com/nakano_tkbiz/status/1377883650486796289
https://twitter.com/nakano_tkbiz/status/1377887328413212673
元「週刊朝日」編集長の山口一臣がツイートしている。
《機密情報が漏れるのは、週刊春のせいではなく、組織側の問題なのに、何言ってんだろう。本来なら、再び会長が引責辞任しなければならない状況なのに。わざと春に矛先を向けて、責任回避しようとしているのか。繰り返す。機密情報が漏れたのは組織委員会の重大責任です。》
https://twitter.com/kazu1961omi/status/1377882820824100864
赤石晋一郎のツイート。
五輪組織委員会には矜持というものがないのだろう。公の組織やん、あんたら》
https://twitter.com/red0101a/status/1377885822653853701
弁護士の海渡雄一のツイート。
春が報じたのは、IOCに絶賛されながら、組織委や電通佐々木氏らがよってたかった没にしたMikiko氏案だ。
オリンピック推進に潜む根深いミソジニーを明らかにした記事には高い公共性がある。
掲載紙回収要求は報道の自由に対する挑戦、他のメディアも連帯して闘うべきだ。》
https://twitter.com/kidkaido/status/1377757881781477379
デイリースポーツは4月2日付で「橋本聖子会長 春への抗議『報道の自由を制限するものではない』 業務妨害主張」を掲載している。
《橋本会長は「報道の自由を制限するものではない。組織委の秘密情報を拡散。業務妨害にあたると判断した」と強調。組織委の法務担当者も「著作権法第41条の報道利用は、適用されないと判断しての抗議」と、説明した。開会式演出については、組織委が電通に委託。契約上、知的財産権は組織委が有する。アイデアの段階では著作権はないが、書化されたものは「著作権を有する」とし、特に画像が掲載されたことを問題視した。春の反論について、橋本会長は「まだ春からの書面が届いていない。届いた中で改めて組織委としての対応を考えたい」と、話すにとどめた。》
https://www.daily.co.jp/general/2021/04/02/0014206420.shtml
業務妨害だと主張する以前に東京五輪には私たちの税金が投下されているということを組織委は忘れてはならないはずだ。清水潔がツイートしている。
《五輪に税金を投入している以上血税の使途が問われるのは当然で、プライバシー問題でもない限り公開されるべき。妙に隠し続けるイベントより、春の主張の方が整合性も説得力がある。》
https://twitter.com/NOSUKE0607/status/1377979116645847040
これは江川紹子のツイートだ。
《週刊春への不当な要求といい、謎の聖火リレー動画ルールといい、東京オリパラ組織委の対応は、「報道の自由」とか「国民の知る権利」とかの概念がまるで欠落しているように見える。多額の公金が投入された、公的性格の強いイベントであることを自覚して欲しい。》
https://twitter.com/amneris84/status/1378221687771078657
朝日新聞経済部記者・野口陽によれば組織委は日本の民主主義のレベルの低さを世界にPRしてしまったとツイートしている。
《五輪組織委の春への「圧力」。
組織委は反論があるのなら、自ら証拠を示し、堂々と説明すればよい。次々と不祥事を暴かれ続けた挙句の、この対応。恥ずかしくないのだろうか。
言論の自由への不理解、垣間見える「支配層」の傲慢さ。この国の民主主義のレベルの低さを、組織委が世界にPRしている。》
https://twitter.com/ngcyh/status/1377967564484055046
鮫島浩も春支持のツイートを投稿している。
東京五輪組織委が著作権を口実に週刊春の報道に圧力をかけている。表現の自由の恩恵を最も受ける新聞社が「客観中立」を振る舞って淡々と報じる様子は理解し難い。報道機関は表現の自由を守る「当事者」として連帯し断固抗議すべきだ。五輪スポンサーだから及び腰なのか。》
https://twitter.com/SamejimaH/status/1378112980408172544
少なくとも東京五輪組織委の秘密主義は民主主義と相容れないものなのではないだろうか。
毎日新聞は4月2日付で「五輪記者内幕リポート 関係者『疑問が残る3日間』 被災地の聖火リレー」を掲載している。
《「復興五輪は表向きの理念ですよ。本当にそう思うなら、菅(義偉)首相も来て被災地へのメッセージを送るべきだと思うんですよね」。ランナー到着前に犬の散歩をしていた焼き肉店経営の鈴木裕佳さん(56)はつぶやいた。東京電力福島第1原発事故で全町避難を余儀なくされた浪江町で聞いた一言だ。》
政治家の言葉が鴻毛のごとく軽いのだ。「復興五輪」と言ったかと思えば「人類がコロナに打ち勝った証」に変わってしまう。「正念場」が繰り返され、瀬戸際に次ぐ瀬戸際といった有り様だ。
《スポンサー車両の華美な演出、再三にわたりトーチから消えた聖火、沿道の密集……。マイナス面が話題となった感は否めない。関係者が大会機運醸成のカードとして期待した聖火リレーだが、その思惑は外れた。感染の再拡大で「第4波」を指摘する専門家もいる。新型コロナの対応で後手に回る日本列島を、聖火はこのまま巡り続けるのだろうか。》
https://mainichi.jp/articles/20210402/k00/00m/050/116000c
1964年の東京五輪が「高度成長」を象徴していたのだとすれば、2021年の東京五輪は「長期停滞」を象徴することになってしまったのかもしれない。
朝日新聞デジタルは4月2日付で「表現の自由業務妨害か 強硬姿勢の五輪組織委、理由は」を掲載している。
憲法学を研究する志田陽子・武蔵野美術大教授は、「組織委によ春への抗議は、憲法21条が保障する『表現の自由を脅かしかねない」と懸念する。
組織委は「著作権」を春の報道が侵害したと主張するが、知的財産法が専門の上野達弘・早稲田大教授はこうした主張に疑問を示す。「今回の春報道の記事本著作権を侵害しているとはいえない」と指摘。著作権法は「報道目的」であれば、他人の著作物を「正当な範囲内」で利用することを認めており、今回の報道はそのケースにあたる公算が大きいという。》
https://digital.asahi.com/articles/ASP426R23P42UTIL02T.html

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2)【記事】講談社魚住昭の「出版と権力」を刊行した意味は?

講談社が運営する「現代ビジネス」は平田裕介が「2016年の週春」の柳澤健にインタビューする「政治家も恐れる『週刊春』、元社員が徹底取材で書いた『裏社史』」と「あらゆるメディアが『週刊春』に負け続ける『決定的な理由』」を4月3日付で発表している。
《例えば『マルコポーロ』の事件だと、サイモン・ウィーゼンタール・センターの講師が藝春秋にやってきて、ナチスユダヤ人にどんなに酷いことをしたかっていう講習会を開いたんです。社員100人を集めたのかな。
その時に私は『Number』にいたから出席しなかったけど、花田編集長以下、『マルコポーロ』編集部は、全員がセミナーに出席していた。
その席で、西川清史さんは「私たちは“言論には言論”と教わってきました。ですから、問答無用で広告を引き上げさせるという強引なやり方には大いに疑問を持っています。その点に関してサイモン・ウィーゼンタール・センターはどのようにお考えなのでしょうか?」と発言した。
その部分は社史には書かれていません。社史は公式見解しか書けないからおもしろい物にはなり得ない。『2016年の週刊春』は、一種の稗史であり、藝春秋の公式見解から解き放たれた社史なんです。だからこそ、西川さんの発言も書きました。》
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81625?imp=0
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81626
「2016年の週刊春」は藝春秋ではなく、藝春秋とは資本的に全く関係のない光社を版元にすればこそ藝春秋の公式見解から解き放たれた「稗史」として紡ぎ出されることが可能になったのである。藝春秋の社員が生き生きと描かれているのは、そのためであろう。
これと対極にあるのが講談社から刊行された魚住昭の「出版と権力 講談社と野間家の一一〇年」である。
この企画の立案者の動機を推察するに「渡邉恒雄 メディアと権力」や「野中広務 差別と権力」の魚住昭に創業110周年を迎える講談社の社史を書いてもらうことで、これまでも周年ごとに編んできた社史とは違った、批判的な視座もともなった社史をノンフィクションとして刊行することによって、講談社の自由な社風をアピールしようとしたに違いない。
そうした軽さは、ある意味で自らが「えんぴつ無頼」(自ら取材して自ら記事を書くことだ!)を経験することなく、編集者として育っていく講談社ジャーナリズムの持ち味ではある。
かくして魚住昭講談社の初代・野間清治、二代目・恒、三代目・左衛、四代目・省一と続く経営者の歴史をわが国の近代史とオーバーラップさせながら活写する作業に挑むことになった。野間家という立場からすれば、社史に準ずる企画であるのだから、ここまで書く必要があるのかという内容に仕上がっている。
何しろ冒頭からして創業者・野間清治の父親・好雄を偽物の書画を売りつけるなどしていた「無能でずぼらで、学問もなく、怪しげな商売をするやっかいな存在」として描いているくらいである。魚住かせすれば「この親にしてこの息子ありと言えようか」という評価になる。講談社に限らず同族経営の出版社の経営者からしても、こうした描写は決して気持ちの良いものではあるまい。
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000313469
3月27日付毎日新聞の「今週の本棚」の編集後記は次のように書いている。
《『出版と権力』は戦時下での国策協力や近年のヘイト本出版の波紋など、講談社の恥部もさらけ出す660ページ超の大著。それを講談社自身が出版したのは意外です。執筆の経緯はあとがきや序章に詳しいですが、社の真意はどこにあるのか。化を担う者の良心か、面白い話は何でもネタにする出版魂か。興味深いです。》
https://mainichi.jp/articles/20210327/ddm/015/070/024000c
同紙同日付の「今週の本棚」では中島岳志が「出版と権力」を取り上げて次のように書いている。
《問題は日中戦争時に露(あら)わになる。戦争当初、野間は軍部の方針から距離をとり、批判的態度をとった。しかし「内閣情報部参与」に就任すると態度は一転、「戦争は神の国に近づく一つの道」と発言したという。そして戦争を礼賛・後押しする出版事業を展開し、大衆の戦争熱をあおった。
野間の死後、講談社は軍部との関係を深めた。戦時中には、要請に応じて陸軍などから顧問を受け入れ、法外な給与を支払った。その甲斐(かい)あって、優先的に紙が融通され、莫大(ばくだい)な利益をあげた。》
https://mainichi.jp/articles/20210327/ddm/015/070/005000c
しかし、魚住昭の「えんぴつ無頼」は、苛烈な批評眼を最後の最後まで貫徹することには残念ながら失敗しているのである。象徴的なのは私などからすれば、講談社の戦前・戦中と戦後の連続性を措定するに際しては決して避けては通れないはずの「社争議」に関しては触れられていないのだ。
449頁まで、即ち第7章の「紙の戦争」までと、第8章の「戦時利得と戦争責任と」以降は、まるで別作品のようになってしまっているのである。
第7章の「紙の戦争」までが、まさに「出版」と「権力」の相補的な関係を容赦なく描いているのに対して、第8章以降は、そもそも「出版と権力」というタイトルに相応しいとは言い難いのである。はっきり言えば第8章以降は魚住昭の持ち味が死んでいるのだ。講談社を版元とすることの限界を露呈してしまっているといってよいだろう。魚住昭講談社の現状を正確に把握できていないということでもある。
朝日新聞は3月20日付の書評で「出版と権力」を取り上げている。評者の武田砂鉄は次のように書いている。
《ひとつの世紀を超える膨大な歴史を追いかけた後で、著者は二〇一七年に出版されたベストセラーを前に「なんで講談社が?」と嘆く。タイトルに「中国人」「韓国人」とある書籍のオビには「日本人と彼らは全くの別物です!」とあった。六七〇ページもの大著の締めくくりにある苦言は、出版化をこの先へと持ち運ぶための、重い言葉だ。》
https://book.asahi.com/article/14283747
確かに魚住昭は終章「ふたたび歴史の海へ」において、講談社が2017年にケント・ギルバートの「儒教に支配された中国人と韓国人」を刊行したことについて次のように書いている。
《最近の講談社にとって、問題は売れるかどうかだけであり、内容は関係ないということなのか?だとしたら、それは編集者と会社の精神の荒廃を示すものではないか。
少なくとも第四代社長・野間省一の、出版物は「古今を通じての人類の共有財産」であり、「出版化の交流は各国の人々の相互理解、人間的共感を培い育てていく」という精神から遠く離れていることだけはたしかである。》
しかし、ヘイト本ブームに加担する現状を批判するだけでは、中島岳志の言葉を借りれば講談社が今なお抱え込んでいる「大衆を励まし、共に歩もうとする意図が、大衆に飲み込まれ、権力に取りこまれ」てしまう宿痾を剔抉することはできまい。
もっと重層的に講談社の現状を把握する必要があったはずである。
例えば講談社の創業110年にあたった2019年にどのようなことが起きたか。ざっと振り返ってみるだけで群像新人賞を受賞した「美しい顔」の盗用問題があり、女性誌「ViVi」の自民党タイアップ広告炎上事件が起こり、3~6歳児向け乗り物図鑑「はじめてのはたらくくるま 英語つき」(2018年11月講談社発行)において「くるま」というカテゴリーに入らない乗り物、武器としての意味合いが強い乗り物を掲載していることが発覚し、増刷を中止といったことが立て続けに起こったのである。
https://teru0702.hatenablog.com/entry/2019/06/22/065654
https://teru0702.hatenablog.com/entry/2019/07/08/075652
https://teru0702.hatenablog.com/entry/2019/08/17/074942
https://teru0702.hatenablog.com/entry/2019/09/14/211957
https://teru0702.hatenablog.com/entry/2019/10/17/153613
https://teru0702.hatenablog.com/entry/2019/08/15/193737
https://teru0702.hatenablog.com/entry/2019/09/15/102459
武田砂鉄は《講談社の歴史、ではなく、なぜ「出版と権力」なのか。とりわけ戦時下では国家は大衆に結束を迫る。言論を届ける営利企業は、その度に揺さぶられる。いや、戦時下に限らない。いつの時代も権力は、大衆がなびく先を見定めようとする。》と書いているが、まさにそのものの光景を私たちは見せつけられてしまったのである。しかも、こうした光景の中心にいた人物が「出版と権力」を刊行するにあたって、魚住昭をもっとも熱心に支援していたこともまた歴史的な事実なのである。そう、常務取締役をつとめていた渡瀬昌彦である。
そうは言っても、講談社はこの「出版と権力 講談社と野間家の110年」を刊行することによって、同社が同族経営から離脱する一歩を踏み出したこともまた間違いないのではないだろうか。この一歩は後戻りできない一歩のように思えてならない。朝日新聞社同族経営の終わりを描いた樋田 毅の「最後の社主 朝日新聞が秘封した『御影の令嬢』へのレクイエム」の版元が講談社であったことも示唆的である。もしかすると「出版と権力」と「最後の社主」によって囲まれた勢力が講談社における同族経営離脱派の中核であるのかもしれない。
いずれにせよ、講談社の「出版」と「権力」が互いに呼び寄せてしまう歴史を魚住昭が描くことによって、その歴史から零れ落ちてしまったのは、講談社の「出版」に人生を賭けて働いた編集者をはじめとした社員たちの、言ってみれば「稗史であることを忘れてはなるまい。大衆にとって「出版と権力」は「ためになる」かもしれないが、「2016年の週刊春」のように面白くないのは、歴史を「稗史」として紡げなかった結果であろう。

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3)【本日の一行情報】

◎「ダイヤモンド・オンライン」は藝春秋OBである木俣正剛の「『春一強を元編集長が危惧する理由、奈落の底に沈んだ過去の教訓 」を掲載している。
《・・・春が絶好調にあるときには、必ずや編集部がまったく想像できないリアクションによって奈落の底に落ちてしまう。それが私の経験則になってしまったのです。》
春だけが目立つ状況であってはならない。他のメディアにも本当に頑張ってもらわないと孤軍奮闘しているうちに事件が起き、そうなると、弱体化している出版社・芸春秋にも大変な危機が訪れるのではないかと危惧します。》
https://diamond.jp/articles/-/266473
木俣が現在の「週刊春」のスクープ至上主義をどう見ているのか非常に興味深いところだ。

◎遂に書店に並ぶことになった!「朝倉喬司 芸能論集成――芸能の原郷 漂泊の幻郷」(現代書館)である。総968頁は圧巻である。ここに収められている五木寛之沖浦和光との鼎談、安丸良夫との対談は私がまとめた。懐かしい。神谷一義、紀和鏡、西世賢寿、久田将義、平井玄、林幸治郎、元木昌彦、鷲巣功、中村勝行向井徹、伊達正保、浴田 由紀子、そして私といったところが追悼エッセイを寄稿している。私を別にすれば凄い顔ぶれだろ?帯を書いているのは五木寛之だ。朝倉のプロフィールを紹介しておこう。
《1943年岐阜県生まれ。犯罪評論家・ルポライター
早稲田大学学部中退。「週刊現代」の記者を経てノンフィクション作家となる。88年より現代書館の雑誌『マージナル』編集委員。著書『毒婦伝』(中公庫)、『スキャンダリズムの明治』(洋泉社)、『涙の射殺魔・永山則夫と六〇年代』(共同通信社)、『都市伝説と犯罪』『「色里」物語めぐり』(以上、現代書館)など多数。2010年11月末、自宅で亡くなっているのが発見された。享年67歳。》
http://www.gendaishokan.co.jp/new01.htm
朝倉喬司は私の師匠にあたる人物である。
https://www.facebook.com/photo?fbid=3822250941162197&set=a.590931657627491

◎こういうインタビュー記事は今や「春オンライン」が掲載する朝日新聞ではないんだよなあ。「春オンライン」は4月1日付で「『匿名で悪口スクショが続々と…』呉座勇一氏“中傷投稿”問題、渦中の北村紗衣氏が語る顛末」「自分を責める気持ちが湧いてきて…呉座勇一氏“中傷投稿”問題、北村紗衣氏が語る『二次加害の重み』」を発表している。
《――逆に加害者側に回ってしまっている人に対して、何か言いたいことはありますか。
北村 そうですね。今回は色んなレイヤーの加害者がいますね。呉座さんのアカウントをフォローしてたしてないとか、ツイートにいいねしてたしてないとかで揉め事が起きているのは、ちょっとそこじゃないのでは、と思います。アクセス稼ぎブログでデマを流している人に関しては、言語道断だと思いますが。
あともう一つよくわからないのは、やたらと仲介しようとする人たちがいて、そういうのはいいです。
 やり方にもよりますが、直接謝罪の申し入れを仲介するならまだいいと思うんです。でもそうではなくて、「もう向こうは謝ってるんだから話し合いしたらどうですか」とか、私のことも呉座さんのことも知らない人が言ってくるんですよね。それはわけがわからなくて。》
https://bunshun.jp/articles/-/44495
https://bunshun.jp/articles/-/44496

毎日新聞は4月1日付で「市場は6年で4倍 『紙』超えた 電子コミック急成長の舞台裏」を掲載している。
《ジャンプ+では作品を最後まで読み終えた「完読率」や、ランダムで選んだ読者に3択で感想を聞く「おもしろかった率」などを把握。完読率が低ければ、セリフの字数を減らして読みやすくするなど改善を重ね、ヒット作への可能性を広げるという。アプリではページ数やカラーの使用に制約がなく、細野氏は「作品の掲載ペースも柔軟に対応でき、作家にとってもいい環境」と手応えを語る。
《閲覧数を増やせば、広告収入も増加する仕組みで、担当者は「CMなどの広告費で稼ぐテレビ番組に近い形」と説明。広告による収益の半額を作者側に還元し、有能な作家のつなぎ留めも狙う。今後は読者から作者に直接料金を渡せる「投げ銭」などのモデルも検討するという。》
https://mainichi.jp/articles/20210401/k00/00m/020/032000c
分母が大きいため電子コミックが目立つがTL小説やBL小説もデジタルが主流である。

講談社が運営している読者のオタク的要素に着目したインターネット広告配信プラットフォーム「OTAKAD」(オタカド)は、リッチメディア広告の制作・配信システムによる支援を主な事業内容とする合同会社VAASが提供するソリューション「Just Premium」との連携を開始した。
OTAKADは講談社の NET ViVi、with online、VOCE、mi-mollet、FRaU、現代ビジネス、マネー現代、ゲキサカ、FORZA STYLE、COURRiER Japon、FRIDAY デジタルという ウェブメディアに訪れる読者の記事閲覧データを基に、独自に開発したAI によって閲覧記事の傾向から趣味趣向を指数化し、読者の「オタク」度合いを解析し、クライアントの要望にマッチした広告配信を実施している。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000003166.000001719.html

朝日新聞デジタルは3月31日付で「LINEに立ち入り検査 個人情報保護委『実態を確認』」を掲載している。
《対話アプリ「LINE」の個人情報が利用者への説明が不十分なまま、中国からアクセスできる状態にあった問題で、政府の個人情報保護委員会は31日、個人情報保護法に基づき、運営会社のLINEと親会社のZホールディングス(HD)の2社に対し、立ち入り検査を始めた。中国企業への業務委託や監督、情報管理などの状況を確かめ、同法に照らして問題がないか検証する方針だ。》
https://digital.asahi.com/articles/ASP305V5GP30ULFA00Z.html

楽天は4月1日付で商号を「楽天グループ」に変更した。
https://corp.rakuten.co.jp/news/press/2021/0401_02.html?year=2021&month=4&category=corp%20ir

◎認定NPO法人本の学校は、3月31日に「個人ではじめるための書店開業テキスト」をPDF形式で無償公開した。「個人ではじめるための書店開業テキスト」は個人を対象に「1000万円の資金で30坪程度の新刊書店を開業する」ために必要な情報、ノウハウ、経験者インタビューなどを掲載している。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000077085.html
http://www.honnogakko.or.jp/archives/1452

紀伊國屋書店(東京都目黒区)は4月1日から、「コロナ時代を生きる」をテーマに「出版社社長100人がおすすめする本フェア」を全国66店舗で開催している。えっ!と読者を驚かせてくれるオススメではない。少なくとも自社の本のオススメはNGにしなければ面白くも何ともない。
https://store.kinokuniya.co.jp/event/1614309191/
出版社の社長って、まあ、この程度なんだね。情けないというか。一方で予想通りでもあった。
そうしたなか私が評価できるのは、主婦の友社の平野健一が更科功の「絶滅の人類史 なぜ『私たち』が生き延びたのか」(NHK出版)を、筑摩書房喜入冬子が安克昌の「心の傷を癒すということ 大災害と心のケア」(作品社)を、白水社の及川直志が真木悠介「自我の起原 愛とエゴイズムの動物社会学」(岩波書店)を、福音館書店の佐藤潤一が松浦寿輝の「名誉と恍惚」(新潮社)を選んでいることぐらいか。

産経新聞は4月1日付で「NHK会長『番組宣伝減らします』 経営方針説明などに転換」を掲載している。
《NHKの前田晃伸(てるのぶ)会長は1日の定例会見で、新年度から総合テレビのニュースや番組の合間に流れる個別番組の宣伝を減らし、NHKの経営方針などを伝える枠とすることを明らかにした。前田会長は「番組宣伝が多いと外部から指摘があった。私自身も、民放とどう違うんだと問題意識を持っていた」と明かし、個別の番組の内容や放送時間の案内が中心だった同枠の内容を改めるとした。》
https://www.sankei.com/entertainments/news/210401/ent2104010011-n1.html

小学館あーとぶっくシリーズから結城昌子の「ニッポンのわらいの原点 これが鳥獣戯画でござる」が発売された。このシリーズは28年間にわたり、毎年増刷を重ね世界累計250万部を超える小学館を代表するこども向け絵本だ。「ゴッホの絵本」は36刷、「ルノワールの絵本」は31刷を数える。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001091.000013640.html
https://www.shogakukan.co.jp/books/volume/22273

◎単行本累計発行部数が42万部を突破し、アニメ化される超リアル猫漫画「俺、つしま」のファンブックが6月22日に発売される。通常版に加え、オリジナル便せんが32枚付いた限定版も発売される。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001089.000013640.html

◎島地勝彦はしぶとい。「フィガロジャポン」で人生相談の新連載「たゆたえども沈まず 島地勝彦人生相談」を始める。誰が書くんだろ?
https://madamefigaro.jp/culture/news/210405-shimaji.html

毎日新聞は4月2日付で「どんな役でも『田中邦衛』に 真面目で優しい、唯一無二の個性派」を掲載している。
《「北の国から」の黒板五郎役をはじめ多くのテレビドラマや、映画で知られる個性派俳優の田中邦衛(たなか・くにえ)さんが3月24日、老衰のため亡くなった。88歳。葬儀は家族で営んだ。》
https://mainichi.jp/articles/20210402/k00/00m/040/318000c
「若大将」シリーズ、「網走番外地」「椿三十郎」「仁義なき戦い」に加え、日共ご用達映画の「若者たち」が語られ、テレビの「北の国から」が代表作として回顧される。朝日新聞デジタルの4月2日付「田中邦衛さん死去 88歳、『北の国から』黒板五郎役」では「若者たち」のかわりに山田洋二の「学校」。日共ご用達映画にかわりはない。
私たちが銀幕から召喚すべきは神代辰巳の「アフリカの光」や森崎東の「黒木太郎の愛と冒険」の田中邦衛ではないのか。特に「アフリカの光」における萩原健一田中邦衛のコンビは「真夜中のカーボーイ」のジョン・ヴォイトダスティン・ホフマンのコンビに匹敵することを日本映画史は忘れてはならないはずだ。山根貞男が一年前の朝日新聞デジタルで「アフリカの光」を次のように評している。
《日常にどっぷり漬かりつつ埋没しきらない。その微妙さがこの映画の核心だろう。すべて不定形で、カメラもぐらぐらと揺れる。》
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14445912.html
映画編集者の鈴木歓がツイートしている。
神代辰巳監督に憧れて19歳で日活撮影所の編集部に入り、最初についた神代作品が『アフリカの光』だった。先日田中邦衛さんが亡くなり、監督やショーケンや姫田さん、橋やん、晄さんなどもういない。それはそうだろう。僕も来月67歳になる