【メディアクリティーク】「KADOKAWAリストラ問題」続報 社内はバラバラ、社員はグチャグチャの惨状をレポートする(岩本太郎)

 それにしても年初以来の「KADOKAWAリストラ問題」は、加速度的にカオスっぷりの度合いを増しているようだ。
 本紙で前回この問題を取り上げたのは、親会社の㈱KADOKAWA・DWANGOが1月16日に佐藤辰男社長名で「セカンドキャリア支援プログラム」なるものを公表してから半月後の1月31日号であった。41歳以上で勤続5年間以上の正社員を対象に300名程度(正社員の約15%にあたる)を募集するという早期希望退職者優遇制度が、現実には極めて露骨なリストラ(実際、その記事が出てから1カ月後までに一部社員に対し「4月以降あなたの居場所はない」「あなたに任せる仕事はない」という完全な退職勧奨すら行われた)については、本紙編集人が連日発行するメールマガジン「文徒」において、以後の経過もそのつど報じてきたほか、各々のセンサーに触れたらしい一般メディアでも報道されるなど、当初の予想以上の話題に膨れ上がることとなった。
 もっとも、その後のKADOKAWAのカオスっぷりというか壊れっぷりも、正直言って当初の予想を超えるものがあった。
 既にご承知の通りKADOKAWAは4月16日に、それまで過去の生い立ち別に社内カンパニーとして存置していた「角川書店」「富士見書房」「メディアファクトリー」等を廃止して5つの局(ビジネス・生活文化局、コミック&キャラクター局、マガジンブランド局、アスキー・メディアワークス局、エンターブレイン局)に統合するとの施策を打ち出した。創業以来の本家「角川書店」の名称を、とうとう組織名からも排除してしまったのだ。ちなみに角川書店の創業は1945(昭和20)年11月10日。つまり70周年を迎えようという年のことである。
 少し前の3月31日には、これも紆余曲折の媒体だった『週刊アスキー』を6月からデジタルに完全移行することも発表された。まあ、紙媒体だの社名だのに今さら感傷的にこだわっていられないという判断なのかもしれないが。
 もっとも、4月からアマゾンとの間でKADOKAWAが書籍・雑誌の直接取引を始めたとの報道(日本経済新聞4月22日付)には、感傷的ならぬ感情的というか「それはないんじゃないの?」という「道義的に許せん」といった反発が出版業界関係者の間から聞かれたものだ。私にしても2年前の東京国際ブックフェアの開会式直後にあった基調講演で、角川歴彦氏が「打倒アマゾン」と煽った後、壇上で講談社野間省伸社長と紀伊國屋書店の高井昌史社長との三人で握手していたのは5000円も払って参加した客席からしかと見届けており、「舌の根も乾かぬうちに」との批判は無理もない。


ゴタゴタのはてに
肩叩きを受けた人、嫌気がさした人……

 
で、本題のリストラ劇のその後だが、これも既に報じられている通り、当初は3月2〜20日だった募集の期間が「300人の募集に対して100人も集まらなかったらしい」(出版業界関係者)ということから4月10日まで延長された結果、全部で232人が4月30日付で退職することが親会社のKADOKAWA・DWANGOより4月23日付で公式発表された。
「手を上げた人数が100人を超えた時点がターニング・ポイントだったようですね」と、前出の業界関係者は言う。
「当初は、これまでに吸収合併を繰り返してきた中で生じた内勤・管理部門社員のリストラになるだろうと思っていたのですが、やがて編集部門の人間にも肩叩きが行われるようになった。無論、組合側もそれにはかなり強く抵抗していたのですが、そのうちに圧力に屈したり、あるいは嫌気がさして応募した人も多いと聞いています。KADOKAWAは4月2日付で人事の発令を行っていて、この時点で『もうこの会社に自分の居場所はないんだな』と見切りをつけた人もいたようです」
 前回も書いた通り、生い立ちが全く異なる様々な会社を次々に吸収合併してきたKADOKAWAの場合、社員の労働組合も3つに分かれている。角川書店時代以来の「角川グループ労働組合」と、かつてセゾン・グループだったSSCに出自を持つ「SSCユニオン」、そして2002年に徳間書店から角川に売却された大映の労組をルーツとする「角川映画労働組合」である(これ以外に出版社の社員が個人加盟できる「出版情報関連ユニオン」に参加していた社員もいる)。
 また、そうした出自により股裂状態になっているところもあり、例えば角川映画労組の上部団体は映演労連(映画演劇労働組合連合会)だったり、角川グループ労組が以前に出版労連から脱退していた(SSCユニオンは現在も加盟)というややこしい事情もあったのだが、今回のリストラ問題についてはさすがに社内3労組が相互に連絡を取り合い、出版労連も映演労連もサポートする体制が早い段階からできあがっていた。
 だが、KADOKAWA側の先手というか壊れっぷりは組合側の予想も超えるものだったようだ。当初は非組合員や出版情報関連ユニオン加盟者で、それも管理部門業務が狙い撃ちされる一方、上記3労組加盟の社員は免れるのではないかという予測があったものの、実際には社内労組の組合員に対しても退職強要が行われたという。KADOKAWAは昨年10月のドワンゴとの経営統合の際に社内3労組との間で「経営統合に伴うリストラ『合理化』は行わない」との覚書を交わしていたにも関わらずだ。
「当然、組合からも会社側に申し入れをしました」と、前回の記事でも取材に応じていただいた出版労連の副委員長・高鶴淳二さん(16年前の角川文化財段振興財団における首切りの際には当時、本郷にあった角川書店本社の8階に数カ月にわたり昼夜泊り込みのうえ抵抗した当事者でもある)は語る。
「それに対する会社側の回答は『担当者が先走ってやったことであり、会社としての判断ではない』というものでした。ようするに『表立っては強要していない』ということでしょう。会社側も組織などの面でかなり混乱しているようで、経営側から現場への指揮系統も上手くいっていないようです。賃金体系もそのままに、この4月以降は異動というか、オフィスもいきなり移動させられた人もいます。しかし、机を並べた社員同士で給与体系が違うというのも、現場で働く人たちのことを思えばどうかと……」
 戦う相手である会社側がカオスをきたしている状況に、組合側も困惑するしかないという状況が伝わってくる。
 もちろん、当事者である角川グループ労組には直接取材したいとの旨を出版労連を通じて(同労組には事務所もないそうで、正式依頼は出版労連経由になるが、前述の通り同労組は出版労連非加盟)で行ってはいるのだが、高鶴さんによれば「まだ難しいのではないでしょうか」という。


『デフレの正体』の編集者が
自社のデフレスパイラルに直面する皮肉


「角川グループ労組も、さすがに今回は『徹底的に戦う』という姿勢を当初から打ち出しているんですけどね」と、ある大手出版社の社員は語る。
「グループ労組の委員長の岸山征寛さんは、あの『デフレの正体』(藻谷浩介著・角川oneテーマ21より2010年刊)を担当として手掛けたりするなど、広い分野において良い作品を手掛けている優れた編集者なんですよ。ただ、現状では彼が会社と組合との間で板ばさみになっているようなところがあるみたいです」
――どういうことですか?
「つまり若い社員、それも言うなれば『DWANGO』的な連中の中には今回のリストラをむしろ歓迎するような空気もあるらしいんですよ。『何で日頃全然仕事をしない齢だけくった連中が社内にこんなにたくさんいるんだ?』という雰囲気がある中で、岸山さんも自分の仕事が忙しい傍らでかなり苦しい戦いを強いられているようです」
 ノンフィクションなどにおいて秀作を生み出している編集者が、こうした理不尽な御家騒動の渦中で苦悶しているのだとしたら不憫でならない。これに限らず、既にこの問題に関する前回の本紙記事や「文徒」でも取り上げたように、ウェブ上ではKADOKAWAの社員と思しき人物たちが、社内の荒んだ様子を告発する書き込みが今も続いている。中には「次に廃刊になる雑誌は○○」「辞めた社員たちの行き先はここ」という、たぶん関係者でなければ知らないような具体名を挙げたものや、「辞めた者たちが集まって新たに会社を興す」といったものもある。
「希望退職ですから、さすがに会社もこれまでのところは辞めた人たちにもお金はしっかり払っています。けれども、これを期に『やめてもらいたい人』に『金を払ってでも』という挙を会社側が繰り返してくるようになるのではないでしょうか」と高鶴さんも心配する。
「それに、これだけ組織を目まぐるしく変えてしまったことが、現場で働く人たちにどのような影響を与えるのか……」
 角川歴彦氏自身が一度角川書店から放逐された過去を思えば、KADOKAWAの現状はあたかも親を失い家も滅茶苦茶になったあげくにグレてしまった子供たちの悲痛な叫びに満ちている様子を連想させなくもない。
 とりあえず今回の希望退職は表面上は一段落したようだが、今後また次の展開があるのかもしれないし、ましてや間もなく一時金の季節だ。近々また新たな動きが生じないとも限らないので、引き続き状況の推移に注目していきたいと思う。