【文徒】2018年(平成30)7月13日(第6巻130号・通巻1304号)

Index------------------------------------------------------
1)【記事】初歩的な過誤によって損なわれた「美しい顔」の文学的価値
2)【本日の一行情報】
3)【深夜の誌人語録】

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1)【記事】初歩的な過誤によって損なわれた「美しい顔」の文学的価値

7月11日付産経ニュースが「芥川賞候補作『美しい顔』、既刊本と一部記述が類似 震災への向き合い方と表現のあり方問う」を掲載。
https://www.sankei.com/life/news/180711/lif1807110001-n1.html
毎日新聞武田徹の「メディアの風景 震災小説の類似表現問題 文学的価値を議論せよ」を掲載。武田は「一般的な規範と文学を評価する価値観は必ずしも重ならない」と書いているが、ここまでは同意できる。ただし、私にとってこの問題における「一般的な規範」とは「著作権侵害」にほかならない。
https://mainichi.jp/articles/20180712/ddm/004/070/028000c
例えば私が小説を書くにあたって、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」と書き出したとする。果たして、これは著作権侵害となるのだろうか。答えは著作権侵害にならないのである。田村善之の「著作権法概説」(有斐閣)がこう書いているのは有名なハナシだ。
「たとえば、『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』とは、川端康成の小説『雪国』の有名な冒頭であるが、この一文自体は、国境のトンネルを出たならば雪国であったという状態(=アイディア)を文章にすることが決まっているのであれば誰でも思いつく文章の一つであるから創作性を欠く。この程度の長さの文書に著作物性を認めると、幾人目か以降はこのアイデアを表現することができなくなるということを勘案しなければならない」
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/4641143137
実は、こうしたこともあってか著作権侵害をめぐる判例は圧倒的に少ないのである。山崎豊子の「大地の子」裁判ぐらいなものである。これも山崎豊子著作権の侵害は一切認められないと、山崎の全面勝訴に終わっている。
栗原裕一郎は「〈盗作〉の文学史」で田村「著作権法概説」が「雪国」について触れた箇所を引用したうえで次のように書く。
「したがって、マスコミが報じる盗作疑惑や、ネットで騒がれるパクリ疑惑のほとんどは、ある程度以上の分量を丸々写しているとか極端な場合以外、法廷で争われたとしても著作権侵害にはおそらく問われないだろうという推測が成り立つ」
このことは北条裕子の「美しい顔」問題でいえば、恐らく講談社も新潮社も新曜社もわかっていることなのである。しかも、いわゆる「盗作」問題は簡単に加害者と被害者が入れ替わる。今日の加害者は明日の被害者であり、今日の被害者は明日の加害者なのである。だからこそ当事者やジャーナリズムにおいては冷静な議論が必要なはずだ。著作権法という「一般的な規範」に頼り切ってはならないのである。
さらに今一歩踏み込んでいうのであれば、文学であれ、ノンフィクションであれ、学術であれ、その未来に拓かれた可能性を考えるのであれば、「類似」「酷似」「盗作」「盗用」「剽窃」「パクリ」といった問題は「著作権侵害」という法律用語に閉じ込めて考えるべきではないと私は思っている。栗原裕一郎も同じように考えたのではないか。そうであればこそ栗原は「〈盗作〉の文学史」を完成させたのであろう。
https://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/978-4-7885-1109-5.htm
私は7月2日付「文徒」で次のように書いている。
「被災地を訪ねることなしにノンフィクションやフィールドワーク、報道を参考にして、自らの創造力と想像力をもって震災文学を書きあげることには何の問題もあるまい。問われるべきは、『類似』の程度であり、北条裕子の作家としての倫理であり、講談社の版元としての見識ということになろうか」
朝日新聞デジタルが7月11日付で「震災、著作権芥川賞候補作の類似表現、作家の流儀問う」を掲載している。逢坂剛ではないが北条には資料を徹底的に読み込み、自身の作家としてフィルターに通して独自性を生み出す作業が欠けていたのだとやはり思わざるを得ない。
https://www.asahi.com/articles/ASL737RY3L73UCVL03W.html
「七年前、物見遊山に被災地に車を飛ばした作家たちの誰が、ここまで緊張した文体でひとりの少女の絶望を描けたというのか。大方は格好のネタ探しとばかりに、東北旅行をしただけである」(大波小波)のだというなら、尚更、表現において独自性を獲得するまで資料を読み込むべきであったのである。
私には次のような藤田直哉の心情がよく理解できる。
「北条裕子「美しい顔」読了。……これは決して出来の悪い小説じゃないし、むしろ結構いい。剽窃部分以外の文章に才気は確かにある。主題系も結構複雑に入り組んでいるし、災害の簒奪などについての意識も含まれていないわけではない。しかし一方で、倫理的不快さも拭い難くあるのも確か」
https://twitter.com/naoya_fujita/status/1017214274811277312
「ジャパニーズ・アメリカ 移民文学・出版文化・収容所」(新曜社)が印象深い日比嘉高による「『美しい顔』の『剽窃』問題から私たちが考えてみるべきこと」は熟読しておきたい。
「『剽窃』問題が起こって以降、ネット上の『美しい顔』の評価はひどいものになっている。大きく毀損されたその価値は戻ることはないだろう。私たちは炎上してしまった記憶を抜きにして、この不幸な小説作品を読むことはできない。
作者の落ち度と言えばそれまでだ。だが私は、批判の尻馬に乗ってこの作品を、つまらないだとか、面白くないと言い立てる人々の批評眼を信じない。なぜなら、それは潮目が変わったのを読んで、その流れの中で行っている、単なる倫理的批判でしかないからである。この作品は優れていた。表現の盗用をしたから優れていたのではない。表現の盗用をしていたにもかかわらず優れていた。タラ・レバを言っても仕方ないが、正当な手続きをしていたならばこの作品が本来受けていただろう高い評価が、初歩的な過誤によって永遠に損なわれたことを、私は悲しむ」
http://hibi.hatenadiary.jp/entry/2018/07/11/084312
「初歩的な過誤」を生じさせてしまったのは何故なのか。落ち着いて議論したいし、後世のためにも検証しておきたいところだ。
ハリガネムシ」で芥川賞を受賞した吉村萬壱のツイート。
「小説は語りの文化なので、他人の語りを混ぜたら台無しになってしまうことがある。そんな事をする必要がなかったのだと、『美しい顔』の改稿版と次作で証明する機会が、北条裕子氏に与えられる事を望む。混ぜ物なしの純粋な彼女の語りを、一読者として一度は読んでみたい」
https://twitter.com/yoshimuramanman/status/1017277872396881920
河津聖恵は詩人だ。詩集「アリア、この夜の裸体のために」で知られる。河津が次のようにツイートしていた。
「北条裕子さんの新人賞受賞のコメント。自分の苦しみと被災地の苦しみが非対称である苦しみから出発すべきだった。それが3.11後の文学であるはず」
https://twitter.com/kiyoekawazu/status/1017313633653567488
「議論が盗用か否かというテーマに収束しすぎていて、文学における本質的な問いかけを誰もしていない気がする。そういう意味では関係者以外はみんな同じかも知れない」
https://twitter.com/kiyoekawazu/status/1017315202281246725
「昨夜京大で話を伺った村田喜代子さんの最新作『焼野まで』も同じく被災地に行かず、自分の苦しみの中から書かれた3.11文学。著者は放射線治療を受けて宿酔し苦しんだが、その宿酔の苦しみと、遠くで被曝する人々の苦しみの非対称をつよく感受している。本物の罪悪感を込めた筆致は、心に響いた」
https://twitter.com/kiyoekawazu/status/1017318628708896771
「つまり私自身の問題になったということかな」
https://twitter.com/kiyoekawazu/status/1017319235943522305
「作者には盗用とさえ言われてもかまわないという気持もあったのかも知れない。それほど思いがつよいというより、事実を伝える言葉への不信や軽侮がどこかにあったのかも知れない。発表媒体から察するにそれはポストモダンの悪しき影響だろうか。それとも思春期が再燃しての反抗だろうか」
https://twitter.com/kiyoekawazu/status/1017321066505465857
「かつてやはり『群像』新人賞を取った『ジニのパズル』と『美しい顔』はスタンスが酷似する。あれもかつては一年間だけ通っていた朝鮮学校について、今はそこにはいないからこそ作者は学校の真実を描けるというものだった。しかしそれは決して真実ではなく、実在の生徒たちの尊厳は無視されていた」
https://twitter.com/kiyoekawazu/status/1017323005574201345
河津は「パルレシア――震災以後、詩とは何か」(思潮社)で「震災以後の詩とは、『パルレシア』の意志としての詩であると私は思う。それは震災と原発事故によって、人間としての権利を剥奪されたことを嘆き訴える声々と、遙かに共鳴しあわずにはいられない」と喝破した詩人である。「パルレシア」とは古代ギリシャの哲学者ディオゲネスが、自由の象徴として、世界市民としての原像としてあげた言葉にほかならない。河津聖恵の「Front(光と夜のあいだで)」の一節を引用しよう。
「ちいさな痛みとなって繰り返される言葉は、どこの国のものでもなく、あるいはどこの国のものでもあり、海鼠の吐き出す泡となって浮上してゆく。翻訳不能。計測不能。応答不能。ひとというものの奥底で海鼠はちいさな問いの泡でわたしたちをくるしめる」
講談社は「美しい顔」のインターネットでの全文公開を、7月13日18時をもって終了すると発表した。光は夜に触れたのか?夜は光に触れたのか?

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2)本日の一行情報

橘玲の指摘。講談社の運営する「現代ビジネス」だ。
「つまり、『日本の右傾化』の正体とは、嫌韓・反中を利用した『アイデンティティ回復運動』のことなのです」
これなんかもオレが常日頃から感じていることだ。
「例えば今、リベラル系のメディアは、政府が進める裁量労働制の拡大に反対の論陣を張っていますが、テレビも新聞もそれを報じている記者たちは裁量労働制で働いています。
また、リベラルは男女のジェンダーギャップを認めませんから、リベラルを標榜するメディアは当然、役員や管理職における男女比率がほぼ同じはずですが、実際はマスコミ各社の幹部は『日本人』『中高年』『男性』という属性で占められ、なんの多様性もありません」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56469

◎お笑い芸人だろうと、作家だろうと、学者だろうと、モデルだろうと何だろうと、本を出した以上は「売場」という最前線に身を曝すことを避けてはならないはずだ。日刊スポーツが掲載した「南キャン山里、著書販促のため書店に飛び込み営業」は次のように書いている。
「・・・自身の冠ラジオ番組のリスナーである書店員から『書店も頑張ってるんですよ』というメッセージを受け取ったことから、『じゃあせっかくだからそのリスナーさんのところにあいさつに行こう』と思い立ち、実際にその書店を訪れたという」
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201807100000770.html

講談社はマンガアプリ「コミックDAYS」にモバイルアプリ向けの分析・マーケティングツール「Repro」を導入した。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000048.000013569.html
MERY」も「Repro」を導入している。
https://repro.io/jp/news/2017/11/28/1/

博報堂・大広・読売広告社の6月度単体売上高。博報堂の新聞は前年同月比74.9%、雑誌は同78.1%。分母は小さいが読売広告社の雑誌は前年同月比135.9%。
http://v4.eir-parts.net/v4Contents/View.aspx?cat=tdnet&sid=1609483
10年ほど前になるが大前研一が「産業突然死」という言葉を使っていたことを思い出す。電車に乗っていて、スタバに入っていて、雑誌を読んでいる人を見かけなくなった。駅のゴミ箱でも雑誌はあまり捨てられなくなった。ホームレスが読み捨てのマンガ誌を回収している姿を見なくなった。雑誌を「産業突然死」させないために何をすれば良いのか、何ができるのか。真剣に考えないと大変なことになる。まだまだ危機感が足りないように思えてならない。

河北新報が「ネット掲示板虚偽投稿、削除と慰謝料をヤフーに命令 仙台地裁判決」を掲載。朝日新聞デジタルは「『在日朝鮮人だ』虚偽の投稿放置、ヤフーに削除命令」を掲載。
「判決によると、2016年2月、何者かによって、男性の実名や職歴とともに『在日朝鮮人である』という虚偽の内容が投稿された。男性はヤフーに対し、日本国籍を証明する自身の戸籍抄本などを送って投稿の削除を求めたが、応じてもらえなかった」(朝日新聞デジタル)
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201807/20180710_13025.html
https://www.asahi.com/articles/ASL7963FQL79UNHB00R.html

◎ヤフーが運営する日本最大級のインターネットニュース配信サービス「Yahoo!ニュース」は、書店員自身による「面白かった」、「お客様に勧めたい」と思った本への投票で決定する「本屋大賞」と連携し「Yahoo!ニュース | 本屋大賞 ノンフィクション本大賞」を新設し、一次選考を開始した。なお、大賞の発表は今年11月を予定しているそうだ。大賞作品の作者には副賞として100万円の取材支援費を提供する。
https://about.yahoo.co.jp/pr/release/2018/07/10b/

講談社は、海賊版マンガサイトへの対策の一つとして、「STOP! 海賊版マンガサイト」キャンペーンを「マンガに、未来を。」というキャッチフレーズのもと開始した。
http://www.kodansha.co.jp/upload/pr.kodansha.co.jp/files/pdf/2018/20180712_manga_campaign.pdf

KADOKAWA電子書籍サービス「魔法の図書館プラス」のサービスを9月30日をもって終了する。購入済みコンテンツの再ダウンロード可能期間は、当該コンテンツを購入時期にかかわらず、9月30日までとなる。サービス終了時点でアプリ本棚にダウンロードされているコンテンツは、アプリをアンインストールしない限りは、引き続き閲覧できる。
ただし、サービス終了後に、「魔法の図書館プラス」アプリがインストールされている端末のOSがアップデートされると、アプリが動作しない可能性がでてくる。この場合、コンテンツがアプリ本棚にダウンロードされていても、もう閲覧できない。
https://www.kadokawa.co.jp/topics/2112

誠文堂新光社は、7月10日(火)に子供向けVR特設サイト「KoKa こどもVR」をオープンした。「子供の科学」8月号付録の「KoKa VRゴーグル」を組み立てて、スマートフォンから、この特設サイトへアクセスすると、火星旅行が体験できるVRや、人体の内部へ入ることができるVRを楽しむことができるそうだ。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000519.000012109.html

サイバーエージェントはインターネット広告事業において、ツイッター上のツイート数に連動してツイッターの運用型広告のクリエイティブが最適化されるサービス「ツイート数連動型広告」の提供を開始した。
https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=21811

◎勝木書店本店店長が次のようにツイートしたことが話題になっている。
「実は駅前の再開にのまれて、店の存続があやしくなってきています。作家の皆さんに図々しいお願いです。盛り上げるためにサイン色紙をください。壁一面埋めたいと思います。店をなくさないように、福井の人からより一層愛される店になるように、色々やっていきます」
https://twitter.com/B4Tf90j4WRknuz6/status/1016279579395149826
中日新聞が福井版に「店存続へ、作家に『色紙ください』 勝木書店本店」を掲載している。
「すると十一日午後八時現在で、六千六百件余りのリツイートがあった。『市民に愛されている』などと励ますコメントがある一方、『まずは従業員応対をもっと向上させたほうがよいと思う』などと批判的なものもあった。
同店によると、十一日までに届いたサイン色紙は十枚余り」
http://www.chunichi.co.jp/article/fukui/20180712/CK2018071202000009.html
福井経済新聞も「福井駅西の勝木書店、店舗存続に向けサイン呼び掛け ツイッターで話題に」を掲載。
「同店に寄せられた色紙は、1階から3階にかけての階段壁面に順次展示する予定。海東店長は『サインを展示するだけで終わらせるつもりは全く無い。味方になってくださっている方を裏切ることのないよう、今回のツイートを起点に、本の作者と読者をつなぐ企画を次々と仕掛けていきたい』とプランを描く」
https://fukui.keizai.biz/headline/605/

◎「BuzzFeed News」が「週刊文春の新谷編集長が退任 新設の週刊文春編集局長へ」を掲載した。こういう記事が出るということは、「週刊文春」に突然死はないということを雄弁に物語っている。
https://www.buzzfeed.com/jp/takumiharimaya/bunshun-shintani?utm_term=.xr8LmploMP#.yoKGYBgP5l

◎「キネマ旬報」が創刊100年を記念して「70年代外国映画ベスト・テン」を発表した。
http://www.kinejun.com/kinejun//tabid/106/Default.aspx?ItemId=688
こんなの無視したほうが宜しかろう。結局、腹が立つだけの最大公約数になっちゃうんだよね。

◎宝島社の女性ファッション誌「sweet」 は、「LINEアカウントメディア」を開設した。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000708.000005069.html

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3)深夜の誌人語録

勝っても負けても粘りに粘れ。

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