北条裕子『美しい顔』刊行 講談社広報室の横暴と暴走の記録
講談社の広報は明らかに劣化している。そうでないなら、例えば、電話一本で「抗議」をするという安易な方法は使わなかったはずである。実は、私は初代広報室長からも、二代目広報室長からも「抗議」を受けたことがある。この二度の「抗議」は、結局、口頭で終わったが、初代も二代目も当時の私の事務所に訪ねて来たものである。また、三代目広報室長に対しては私から抗議したことがあったが、結果はともかく、三代目広報室長の真摯な対応は鮮明に記憶している。抗議されるも、抗議するもお互いが面と向かって対応することを原則として来たと言って良いだろう。しかし、現在の広報室長は私に「抗議」するに際して、私の事務所に訪ねて来て「抗議」をしたことは一度たりともない。いつも電話にメール。決して足を使おうとしないのである。
どんな企業、どんな組織の広報であっても絶対に欠いてならないのは「足で聴く姿勢」である。かの広報室長氏は不勉強にして「公聴」という言葉を知らないのだろうか。更に言うのであれば、いくら白いコートを羽織って恰好つけてみせても、「足で聴く姿勢」を持っていなければ、いざというときにはパニックに陥って、正確な判断を下せなくなってしまうはずだ。
広報マンとして「公聴」の「機能」を十全に果たすためには、平凡であること、普通であること、目立たないことが条件なのである。そのうえで、足で聴くことを心がけるのである。そう、人々の声が届くのを待っているのではなく、広報マン自らが積極的に聴きに行くのである。言うまでもないが二流、三流の広報マンに限って、しゃしゃり出るのが好きである。その手合いの人物であるか否かは、その服装を見れば一目瞭然としよう。
4月9日付「文徒」に「【記事】 東北学院大学教授の金菱清が講談社に『お知らせ』の撤回訂正を求める」の記事を掲載して以降、講談社広報室の名刺を持つ関係者は誰一人として私の事務所に足を運ぼうとはしなかった。
乾智之広報室長から電話がかかって来たのは4月9日の午前中であった。「【記事】 東北学院大学教授の金菱清が講談社に『お知らせ』の撤回訂正を求める」の記事について、まず、何故、広報室に当てなかったのかと激しい勢いで詰め寄って来た。私としては、こういうツイートがあり、それについて、こういう反響があると紹介した記事だから、広報室に当てなかったと説明したはずだ。そうすると乾広報室長は事実誤認だとか、名誉棄損だという物騒な言葉を激しくぶつけて来た。
仕方なく私は、記事そのものを何度か読み上げることにした。名誉棄損があるとすれば具体的にどういう表現が良くなかったのか、事実誤認があるとすれば、どこが事実誤認なのか明示してもらわなければ、記事を訂正しようもあるまい。そうしたやりとりの末、乾広報室長は「講談社として正式に抗議する」という旨を述べて電話を切った。私は呆然とするしかなかった。記事のどこが問題で、どの部分に「抗議」するのか、その具体的な説明は一切なかったからだ。内心、「馬鹿にするな!」と腸が煮えくり返る思いであったことも付記しておいて良いだろう。
この講談社広報室の対応に納得できなかった私は、広報を担当する渡瀬昌彦常務取締役にスマートホンでメールを送った。4月12日付文徒に発表した「社告」でも既に紹介しているが、私はこう書いた。
「御社の広報室長から、今朝の文徒の記事で正式に抗議すると電話がありましたが、ただただ驚くばかりです。あまり弱い者イジメはなさらぬようお願い申し上げます」
これに対して渡瀬常務からは次のような返信があった。
「金菱氏の言説は事実と異なるものであり、大変遺憾です。抗議は、社としてのものです。そう受け取ってください。渡瀬」
ここで渡瀬のいうところの「金菱氏の言説」とは、私が記事で紹介した東北学院大学教授の金菱清が4月7日に投稿した「『美しい顔』の出版について談話だと当方が協議や交渉を経て改訂稿を認める形になっています。そのような事実はなく、改訂案が一方的に送られてきました。原作者が『剽窃』の疑われている作品の改訂への関与など断じてありえません。編著者の関与について撤回訂正を求めます。」というツイートを当然、指すのだろう。
渡瀬常務は、このツイートについて、はっきりと「金菱氏の言説は事実と異なるものであり、大変遺憾です」と断定しているのである。私は渡瀬常務に次のようなメールを送ることにした。
「事実と違うという情報発信をされるのですよね」
この私の問いに対して渡瀬常務は、こう応じた。
「この件に関して現時点で公式リリースはいまのところ流していません。金菱氏の出方によります」
金菱の言説のどこが事実と異なるのかを具体的に説明することなく、「敵の出方論」というスターリニズム固有の方法論を選択するところは、いかにも渡瀬常務らしいところではあるのだろうが、私は、このメールには次のように返信しておいた。
「しっかりと背景を踏まえて、出来る限り丁寧な決着を期待しております。文徒でも書きましたが質が問われているかと思います」
実は、この件について「週刊金曜日」が取材し、記事にしている。「今週の巻頭トピック」のなかの一本だから、半ページの小さな記事だが、驚くべきことにこの記事を書いているのは岩本太郎ではないか!この記事はインターネットで公開されているので誰でも読める。
岩本の取材に対して講談社広報室は「金菱氏には陳謝するとともに版元を通じて誠意をもって交渉を続けてまいりましたが、残念ながらご理解をいただけませんでした」と答えている。広報担当常務が断言して見せた「金菱氏の言説は事実と異なるもの」だという認識は、このコメントからは微塵も感じられない。広報にとって、その場しのぎは墓穴を掘る近道である。
講談社が4月4日に公開した「『美しい顔』刊行についてのお知らせ」という「群像編集部」名義の文章は、次のようなものであった。
「群像」2018 年 6 月号に掲載した第 61 回群像新人文学賞当選作「美しい顔」(北条裕子)について、著者の北条裕子氏ならびに編集部は、発表時の参考文献未掲載の過失を反省するとともに、各位からのご指摘を真摯に受け止めて文献の扱いについて熟慮し、文献編著者および関係者との協議と交渉を経て、著者自身の表現として同作を改稿いたしました。
つきましては、2019 年 4 月 17 日、北条裕子著『美しい顔』を著者の第一著作品単行本として講談社より刊行いたします。
参考文献編著者および関係者の方々には多大なご迷惑をおかけしてしまいましたことを改めてお詫び申し上げます。また、東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、被災された方々、被災地で尽力された方々の安寧を心からお祈り申し上げます。
群像編集部
もしも私が金菱の立場にあり、この文章を目にしたら、金菱と同じように感じたことだろう。しかし、これが巷間言われるように「官僚の作文」であるとすれば、どうなるだろうか。以下は週刊誌にかかわったのち現在は大学で教鞭もとる編集プロダクションの経営者から届いたメールである。
当然、広報室もかかわっていると推測される『群像編集部』名義の4月4日の告知は、よく読むと、『協議はした』とありますが、合意したとは書かれていませんね。官僚の作文の常套からすれば『拒絶』も含めて『協議した』となるわけです。講談社側としては、『協議はした(持ちかけた)が、合意をしたとは言ってない』と言いたいのでしょう。また、そう言い張るつもりなのでしょう。
金菱氏が『合意できたと読める』と言っているのだとしたら、そういう言説は事実と異なるものと今井さんにつっぱねることも不可能ではないでしょう。『官僚の作文』たる所以です。普通は、金菱氏のように理解するのでしょうけれど。
いずれにしても、小説と素材となったノンフィクションの関係という構図の中で、著作権問題とフェアユースにおいてはクリアしていると判断して、この本を守るという、文芸担当でもある広報担当の渡瀬常務の意思があり、それに、乾広報室長が乗って煽っているというところでしょうか。要するに金菱に納得してもらってないということを表明しないまま済ませたかったのでしょう。そのほうが商売になりますからね。
そもそも、「美しい顔」を刊行するに際して、なぜこのような文章をわざわざ講談社のホームページにまで出す必要があったのかと、広報的な視点から検証がなされなければなるまい。私は、こう言い切っておく。広報が物事を的確に判断するためには、広報は組織内野党である必要がある。広報が与党の役割しか果たさないのであれば、その組織は社会常識から乖離していくことになるはずだ。
講談社が「群像編集部」名義で4月4日に「『美しい顔』刊行についてのお知らせ」を公開した際に私が疑問に思ったのは、「美しい顔」を刊行するに際して、このように大上段に構えた文章を事前に出す必要はあったのかということである。「美しい顔」の著者である北条裕子が同作を著者自身の表現として改稿を済ませたのであれば、版元はそれを出版すればそれで良かったのである。
ともかく「『美しい顔』刊行についてのお知らせ」を普通に読めば、誰であっても金菱清と同様な受け止め方をするのではないだろうか。こうした文章を公に発表したならば、「3.11慟哭の記録」をはじめ、「私の夢まで、会いに来てくれた」「霊性の震災学」「震災学入門」「生きられた法の社会学」などの編著書を持つ金菱清が反発することは、当然、予想ができたはずだ。その程度の「触覚」すら講談社広報室には備わっていないのだろうか。広報が鍛えるべきは「触覚」であって、「口先」では決してないのである。
これは昨年のことだが、2018年9月3日付文徒で岩本太郎は次のような一行情報を書いている。
◎日経新聞は9月1日付で「小説『美しい顔』類似論争 『事実と創作』議論欠如 作家のモラルの問題/参照記載ルールなく」「単行本化へ協議『妥協点見えず』」を掲載した。日経によれば「当事者間の協議は継続中だが、研究者からはこの機に文芸に関わるあらゆる人々がジャンルを超えて議論すべきだとの声が上がっている」そうだ。https://www.nikkei.com/article/DGKKZO34828900R30C18A8BC8000/
こうした記事が日経の紙面を飾った、その後「当事者間の協議」が円満に進み、何らかの妥協点を見ることになったとは、どのメディアも報じていない。少なくとも日経が報じた後も単行本化に向けての協議は、妥協点を見いだせないどころか、金菱との協議のテーブルを設営することでさえ容易ならざる局面から一歩も抜け出られなかったであろうことは簡単に想像がつく。
金菱からすれば、「北条裕子氏ならびに編集部」が反省しているのが「発表時の参考文献未掲載の過失」だけだという認識からして同意できるものではなかったし、そうした相手と「協議と交渉」を行う気など微塵もなかったことであろう。金菱にとって問題なのは「発表時の参考文献未掲載の過失」ではなく、「剽窃」なのである。むろん、断るまでもないだろうが金菱が問うているのは著作権法上の問題ではない。
恐らく、金菱は2018年7月7日に「群像」の発行元である講談社を介して受け取った北条裕子の手紙を一読して、「美しい顔」にかかわる「協議と交渉」を一切、拒否する腹を固めたはずである。金菱清は「新曜社通信」に「『美しい顔』に寄せて――罪深いということについて」を発表している。私も昨年、7月19日付文徒の文章で次のくだりを引用し、紹介している。
作者の北条裕子氏からいただいた私(金菱)への手紙によれば、震災そのものがテーマではなく、私的で疑似的な喪失体験にあり、主眼はあくまで、(彼女自身の)『自己の内面を理解することにあった』とある(私信のため詳細は省く)。つまり、小説の舞台がたまたま震災であっただけであり、その意味においては、安易な流用の仕方も小説特有の『自由な』舞台設定と重なる。そして主人公の口を衝いて出る言葉を通して『雄弁』に震災を物語ろうとする。受賞の言葉にも、私信にも、執筆動機として震災の非当事者としての私的な自己理解の欲求が述べられ、おそらく次の小説の舞台装置があるとすれば、震災ではないだろうことは容易に想像がつく。つまりその程度の位置づけでしかない。
ここも引用している。
講談社の『その類似は作品の根幹にかかわるものではなく』というコメントは、言い方を変えれば、類似程度は文学的価値に比べれば、些末な問題であるとも聞こえてくる。根幹ではない私たちの軽い震災記録とは一体何かを考えざるをえない。
私は2018年7月9日付文徒で次のように書いた。
いずれにしても北条裕子は金菱清の言い分を木っ端微塵に粉砕しない限り、『美しい顔』は文学としての生命を絶たれてしまうことになるのではあるまいか。ちなみに金菱が背負っているのも『文学』なのである。柳田国男の『遠野物語』が文学であったように金菱清の『3.11慟哭の記録』や『呼び覚まされる霊性の震災学』『私の夢まで、会いに来てくれた』も文学なのである
こうした私の「批評」は今現在も有効であると自負している。ただ、残念ながら講談社の乾智之広報室長の耳には届かなかったようである。
ちなみに4月4日に発表された「『美しい顔』刊行についてのお知らせ」の「北条裕子氏ならびに編集部」が反省しているのが「発表時の参考文献未掲載の過失」だけだという認識は、昨年7月3日に発表された「群像新人文学賞『美しい顔』関連報道について」における次のような認識から何も変わっていないことも指摘しておいて良いだろう。
協議を続けている中で、6月29日の新潮社声明において、『単に参考文献として記載して解決する問題ではない』と、小説という表現形態そのものを否定するかのようなコメントを併記して発表されたことに、著者北条氏は大きな衝撃と深い悲しみを覚え、編集部は強い憤りを抱いております。
私は2018年7月2日付文徒では、こう書いている。
被災地を訪ねることなしにノンフィクションやフィールドワーク、報道を参考にして、自らの創造力と想像力をもって震災文学を書きあげることには何の問題もあるまい。問われるべきは、『類似』の程度であり、北条裕子の作家としての倫理であり、講談社の版元としての見識ということになろうか。
4月17日付共同通信「震災を題材の『美しい顔』刊行」で北条裕子は共同通信の取材に応じて「(初出の)雑誌掲載時に、参考文献と、その編著者や取材対象者への敬意と感謝を載せるよう、編集者に相談すべきだった。後悔しています」とコメントしている。これを踏まえて金菱清も次のようなツイートを投稿している。
『編著者や取材対象者に対して』とあるが、慟哭の記録は手記収集の性格上どれにも当てはまらない。出版にあたり小手先の文言の修正ではなく、該当箇所は全て削除すべきであった。それらを抜いて完成しえないのは作品が未成熟であり、一方的な刊行は前回に増してさらに質が悪い。
この金菱のツイートを「瑪瑙」がリツイートして呟いている。
結局、北条裕子と講談社にとっては、被災地や被災者も小説のための舞台装置でしかないという事なのでしょう。今となっては『美しい顔』という題名がただただ虚しく感じられるばかりです。
今度は、この「瑪瑙」の呟きを詩人の河津聖恵がリツイートしている。その上で河津はまず、こうツイートした。
盗用問題で騒がれた北条裕子『美しい顔』が、該当部分を訂正などして講談社から刊行されたそうで、ちょっと驚きました。そろそろ人々が騒ぎを忘れつつもどこか印象の消えないうちにということでしょうか。パーツの組み合わせを感じさせた小説でしたが、それゆえに削除不可能だったのでしょう。
河津は怒っているのだ。河津はツイッターへの投稿を止めなかった。こう続けた。
でもこんな形であらためて刊行できてしまうとは、作者や編集者や関係者の感性というか、文学に携わる者としての自尊心を疑う。
遂には河津をして「文学なんていらない」と呟かせてしまうに至る。
文学界を侵す『苦悩の不在』がもうどうにもならないならば、文学なんていらない。この国全体を侵すそれに、お墨付きを与えるものになるから。
産経ニュースは4月30日付「『甘さ、未熟さがあった』 類似表現物議の芥川賞候補作家」を掲載し、朝日新聞は5月8日付で「『様々な声、覚悟している』 『美しい顔』改稿重ね刊行 北条裕子さん」を掲載し、北条裕子はこれまでの沈黙を破ってインタビューに応じている。しかし、多くの読者は見破っているのだ。次のようなツイートにあるように「書評でなく普通の記事になるのが不思議」と書かずにはいられないのだ。
『美しい顔』(北条裕子/講談社)、刊行にともなって少なくとも2本の記事が出ているのだが、一体なぜ取り上げられるのだろうか。本が売れたから後追い記事を出したと言うわけでもなく。地元の本屋さんを見る限り、売れてたりプッシュされたりしてる気配は薄い。書評でなく普通の記事になるのが不思議。
講談社の広報室は、このように感づかれてしまう「広報」しかできないようである。
金菱清が朝日新聞の記事を踏まえて次のようにツイートしているのだが、金菱はさすがに言葉を失ってしまったようだ。
・・・
「瑪瑙」も朝日新聞の記事を読んだうえで次のようなツイートを投稿していた。
やはり北条裕子にとっては、ただの舞台装置でしかないのですね。被災地も被災者も。そして『美しい顔』を盲目的に評価する者のなんと多いことか。嘆かわしいというよりも、その想像力の欠如に、驚き、呆れるほかありません。精読の上、批判を継続します。このままでは失った友人に対し、立つ瀬がない。
この間、様々な関係者から少なからぬ数の激励の電子メールが届いた。保守派を自認する編集者による、このメールもその一つである。私を深く納得させる内容であった。今回の一件の本質をものの見事に言い当てている。ここに全文を紹介しておこう。
今井照容様
ご無沙汰しておりますが、相変わらずの健筆、いつも楽しみにしております。
講談社から今井さんが売られた喧嘩について、私にも一言述べさせて下さい。
私からすれば信じ難いのは、貴兄がメールマガジン「文徒」で書かれた記事について、自社に都合が悪いからといって、具体的な内容も述べずに抗議したり、案内状を既に送ってある吉川賞への出席を電子メールで断る。おまけに、その電子メールの書き方は日本を代表する出版社の管理職が書いたものとは信じ難いというか、社会人失格とさえ言えるようなものであったとのこと、貴兄の怒りは私に伝染しそうです。講談社の広報室長は随分と大人気ないのですね。いや、そもそも、これまでの経緯を踏まえていえば、恩知らずではないでしょうか。臭いモノには蓋という姿勢が講談社広報室には透けて見えますよね。いつから講談社は義理も人情もない、ただただ横柄なだけの会社になってしまったのでしょうか。(江藤淳さんの口吻を真似てみましたが、お分かりでしょうか? そうです、「週刊文春」が「 JR東日本に巣くう妖怪」を掲載した際にこれに怒ったJR東日本が『週刊文春』をKIOSKで販売しないという言論弾圧に江藤さんは激しく怒ったものです)
もし川鍋先輩が存命であれば、決して黙ってはいなかったことでしょうね。
貴兄はまだ指摘されていませんが、広報を担当する役員が文芸も担当していることの歪みが反映されているとも言えますよね。そのことがバランスを取れなくしてしまったのでしょう。
それにしても、昨年の「新潮」の越権といい、今回の「群像」の傲慢・独善といい、どうも純文学を扱う文芸誌というのは、「我こそは自社の良心なり」という見当はずれのプライドで固まっているような気がしてなりません。
なまじ「文学」などに中途半端に関わると、妙な自意識が肥大するのではないでしょうか。これが個人なら、滑稽で済むし、むしろ可愛げすら感じますが、ある部署や組織がそんなものに染まる気味が悪くて、敬遠しますね、私は。いずれにせよ、客観性を全く失った人たちです。
ご承知のように私は「右系保守」ですが、このように、力を笠に着て高圧的な態度に出る組織や人間が死ぬほど嫌いなので、思わず反応してしまいました。
「滑稽だ」と達観して眺めているわけにいかないのは、やはり出版人の端くれなのかもしれません。
講談社広報室が劣化していると感じているのは何も私に限ってのことではない。次のようなメールの送り主も私と同じように考えている。
今井照容様
ご無沙汰、お赦しください。
連休に突入したあとの間の抜けたメールですから、いつこれをお読みになるのか分かりませんが、差し出がましいことを承知で一筆差し上げます。
例の講談社との一件、ずっと傍観しておりましたが、日本一(!)の出版社の惨憺たる所業に呆れて僭越ながら一言感想を申し述べます。
と言ったところで、論評する以前の、幼児の八つ当たりのような反応なので、真摯に向き合う気にはなりませんが。
今井さんがおっしゃる通り、抗議の内容が不明であることは、もちろんですが、吉川賞パーティでの「排除」といい、出稿(出広)の取りやめといい、すべて第三者から見ても恥ずかしくなるようなふるまいで、とても「言論機関」ではありませんね。
ただのアホなクライアントが「我が社に不利益なこと書くとはけしからん」と媒体に圧力をかけたという構造で、これでは書き手や他社をすぐ「訴えるぞ」と脅す朝日新聞以下です。見下(くだ)すにもほどがあります。
そもそも抗議する相手は「事実と違うこと」を述べたとされる金菱氏であるべきですが、これはそもそも決裂した相手なのでアンタッチャブル、それゆえそれを紹介した「文徒」に逆上するしか感情の持って行き所がなかったのでしょう。これが傍観者の誰にも分っちゃうところが情けない。この瞬間に恥も外聞も消し飛んだのですね。
ところでこれは社長の意向でしょうか。それともその意を忖度した部下の独断専行でしょうか、「役員会」とやらを覗いてみたかったですね。
いずれにせよ、去年の新潮社(45の廃刊)といい、私は日本の出版社のトップは社内を調整する統治力も、社外(社会)に対応する知性もバランスも失ってしまったのかと暗澹たる気持ちになります。これがまさに「劣化」なんでしょうが、そこを衝くと、自信がないゆえにこうやって取り乱すわけですね。
次のメールは私と同世代の経営者からもらったものである。
今井照容さま
今井さんと講談社の諍いの経緯を改めて眺めて思うのは、今井さんもお書きですが、講談社はこんな偉そうな発表(宣言)などせずに、「黙って出版すればよかったものを」ということです。
編集部は、作家と共に昨年の自らの汚名を雪ぎたかったのは間違いないでしょうが、それよりやはり、このままこの小説を葬るのが「勿体なかった」んだろうと思います。 今井さんがいつも使う言葉で言えば、商業出版としての馬脚を現してしまったのでしょう。
「勿体なかった」というのは、この作品の文学的価値を信じているからではもちろんなく(もしそうだとしたら ただの痴呆です)、売れるだろうという商品価値に於いてです。
だから、公に宣言することで話題にし、書評でなくまず記事にして耳目を集め、売ろうとしたわけです。つまり、転んでもただでは起きないくらいの商売根性ですね。
そして、それが逆に寝た子を起こして裏目に出たわけです。完全に想像力の欠如です。 ですから、「文徒」の行ないは、名誉棄損ではなく、むしろ「営業妨害」と捉えたと言っていいのではないでしょうか。恥をかいたうえ、赤字を出したら、それは恐怖です。だから、幻冬舎が津原泰水を排除した理屈とそんなに隔たりはないと思います。「飼い犬に手を噛まれた」という感覚も類似しているかもしれません。
それにしても、「商売」は措いても、講談社がそうまでしてこの作品(つまり北条裕子)を守ろうとした理由が解せません。出版社としての責任なんて言うなら、ただのキレイゴトです。
普通、剽窃に頬かむりして新人賞に応募してきて、それがあとで発覚したら、もう2度と付き合わないで終わりです。もしや、それが美貌(と噂される)女流作家だから、ちょっと普通でない関係が結ばれたのではと下衆の勘繰りすらしてしまいます。
まあ、これからは新人賞にしても、芥川賞にしても、ノミネート前に作者と面談して「盗用・剽窃」はないか確認する必要がありますね。まったくマンガの世界ですが、大学の学長が平気で捏造する時代ですから、その意識の低さには油断がなりません。
広報が経営を反映するのは広報が正常に機能している場合に限ってのことである。広報の腐敗は経営に伝染するということを忘れてはならないはずである。