講談社の第73期決算と役員人事について

これから出版はどうなっていくのだろうか。ビジネスとして消滅することはないだろう。書籍は滅ばないし、雑誌とてそう簡単に滅びはすまい。その点は楽観している。しかし、少子高齢化が進行しつつある社会において、またデジタル革命によって誕生したソーシャルメディアが読者に編集力を解放しつつある現状を踏まえるのであれば、出版という有料のコンテンツを販売するビジネスのマーケットに縮小圧力がかかり続けることもまた間違いあるまい。だからといってミリオンセラーがなくなるわけではないだろうし、街の風景を変えるような雑誌がなくなるわけではあるまい。売れる書籍は売れるだろうし、売れる雑誌は売れる。しかし、20世紀のように何でもかんでも売れるということはあり得まい。書籍でいえば新聞の書評などに大々的に取り上げられても、初版2000部を売り切れないという事態が日常化するということなのではないか。雑誌でいえばジャンル2位までに入っていないと採算をクリアできなくなるという事態が日常化するということなのではないか。
そうしたなかで出版社は成長戦略をどう描くのか。難しい問いである。
東日本大震災直後に急逝した野間佐和子社長から経営のバトンを引き継いだ野間省伸社長はデジタル事業の推進と海外展開によって講談社の成長戦略を描こうとしているようだ。野間省伸社長は副社長時代からデジタル事業と海外展開の重要性を認識し、積極的に推進して来たが、社長に就任することで推進の速度が一気に加速したと言って良いだろう。デジタル事業でいうと、講談社は6月から書籍の新刊刊行と同時にデジタル配信も可能にする態勢を構築する。講談社にとって今年が電子書籍元年になると言って良いだろう。これまでも様々な角度から電子書籍に挑戦して来たが、これまでは助走期間であったに違いない。紙かデジタルかという二者択一の論議は不毛と考え、紙もデジタルもともに選択することによって、紙のマーケットの縮小をカバーしようというのだろう。
新刊の刊行から半年ほど時期をずらして電子書籍化すると、プロモーションの問題もあって、紙で5千部ほど売れた書籍であっても、電子書籍化してから半年でダウンロード数が10にも満たないというケースが山のようにあるというのが、これまでの電子書籍ビジネス。逆に電子書籍としてアプリで発売したところ5千部が5万部になったという成功事例も出始めている。つまり、電子書籍にしたからといってビジネスとしては万能ではないが、電子書籍は出版社を在庫から解放する。また、電子書籍化して半年で10部であっても、10年経ったら3千ダウンロードになるというように塵も積もれば山となるというビジネスを確立することにもなる。果たして講談社がどのようにして電子書籍ビジネスを組み立てるのか私たちは注目したい。ちなみにコミック単行本においても紙の刊行と同時にデジタル配信も原理的には可能だそうだ。総ては講談社にとって新しい経験となるはずだし、新しい経験、新しい挑戦に試行錯誤はつきものであるが、時代の風を敏感に感じ取ることで、成功事例を積み上げてゆくことが肝要であると私たちは考えている。
講談社の海外展開に関していえば、最もダイナミックな展開をしているアジア事業であるという。具体的にいえば中国ビジネスである。講談社が中国での版権売買の窓口として資本金50万ドルで講談社北京文化(KBC)を発足させたのは2005年8月末のことだが、昨年12月の決算で累積赤字を解消し、本社への配当を開始すべく準備を始めているという。またKBCが扱う雑誌、書籍は講談社のコンテンツに限らず、他の版元のコンテンツについても、積極的に扱う方向にある。更に版権売買にとどまらず、中国の現地出版社とのJV事業としてマンガ雑誌の創刊を準備しているそうだ。
更に中国本土だけではなく、台湾での事業も本格化している。昨年に設立した台湾講談社媒体有限公司が現地の大手メディアグループCITE(シテ)との合弁会社である華雲デジタルをスタートさせている。華雲デジタルはマンガをはじめとするデジタルコンテンツの台湾での配信を始めているが、この配信事業もマンガにとどまらず小説などジャンルを拡大するようだ。講談社は海外展開においてもまた紙もデジタルもという戦略なのである。しかし、海外戦略を推進するとして、社員の現地採用はむろんのこと、これはデジタル事業に関してもいえることだが、講談社の競争力を確保するためにも現行の給与体系を見直す必要も出てくることだろけう。そもそもデジタル事業や海外展開を別にしても、出版という本業で確実に利益を確保できる体制の構築は講談社にとって避けては通れない課題のはずだ。
 2月20日に発表された第73期決算(2010年12月〜2011年11月)を見てみることにしよう。
                      前年比
売上高            1219・29億円(99・7%)
 内訳
  雑誌           748・34億円(95・0%)
    雑誌         207・55億円(96・1%)
    コミック       540・78億円(94・6%)
  書籍          279・26億円(105・0%)
  広告収入         81・56億円(88・3%)
    雑誌         81・18億円(88・5%)
    その他        0・38億円(58・6%)
  その他          84・15億円(108・7%)
  不動産収入        25・96億円
税引前当期純利益        7・25億円(339・9%)
当期純利益           1・64億円(29・2%)
前期は赤字基調から新ビルの一棟貸しなど不動産という営業外収益により何とか収支均衡を実現した決算であったが、第73期は営業損益を出さずに黒字を達成とは言える。営業利益は2億円だという。前期が18億円の営業赤字であったことを考えれば20億円も改善されたことになる。
確かに雑誌編成の見直しや調達コストの削減により製造原価を低下させたのだろうし、編集費、宣伝費を中心に大幅な経費の削減を進めたことが経営を筋肉質に変えつつあるのは事実だろう。またコミックの単行本など原価率の低い商品の構成比が上がり、売り上げ原価率は下がったことも利益に寄与したことも間違いあるまい。しかし、講談社は第73期から営業外収益に計上していた不動産賃貸収入を売上高に変更する会計処理を行っていることを見落としてはなるまい。誤解を恐れずに単純化していうのであれば、約26億円の不動産収入があって、2億円の営業利益を確保したということは、本業たる出版においては、約24億円の営業赤字であったと考えることもできないわけではあるまい。既に第一四半期を終えた第74期においても、1部の不動産を昨年末に売却していることを考えれば、しっかりと利益を確保した決算になることが予想されるが、やはり目指すべきは紙であれ、デジタルであれ、海外であれ、本業の出版において利益を確保できる筋肉質の経営を確立することである。
そのためには、もはや給与体系を聖域にすべきではなかろう。山根隆氏が常務取締役に昇任してから1年で専務取締役に昇任した2月20日付の役員人事は、そうした文脈で考えるべきだろう。山根専務には最後の大仕事が課せられたのである。小学館などでは賞与を調整したが、根本的な改革を図るのであれば、実力主義の導入も含めて本給のあり方にメスを入れることが、本当は必要なはずである。果たして講談社がどのような決断をするのか注目したいところである。講談社が2月20日付けで発足させた新体制は次の通りである。
表取締役社長                野間省伸
専務取締役〈編集部門統括・雑誌事業担当〉
   (担当局=第一編集局・第四編集局)   持田克己
専務取締役〈営業部門統括〉
    (担当局=広報室・メディア事業局)  森 武文
専務取締役〈昇任〉〈管理部門統括〉
(担当局=社長室・総務局)      山根隆
常務取締役〈昇任〉〈コミック事業担当〉
 (担当局=第三編集局・第五編集局)     清水保雅
常務取締役〈昇任〉〈書籍事業担当〉
 (担当局=編集総務局・校閲局・文芸局)    鈴木 哲
取締役 〈ライツビジネス担当〉        入江祥雄
(担当局=ライツ事業局・国際事業局・中国事業室)
取締役(担当局=業務局・流通業務局・経理局・システム部)
                      金丸徳雄
取締役 (担当局=第二編集部・生活文化局)田村 仁
取締役 (担当局=第六編集局・児童局・ディズニー出版事業局・事業プロジェクト)大竹永介
取締役(担当局=雑誌販売局・書籍販売局・宣伝企画部)
                      大竹深夫
取締役(担当局=第七編集局デジタルビジネス局)古川公平
取締役〈新任〉(担当局=学芸局)      渡瀬昌彦
取締役〈非常勤〉              岩崎光夫
取締役〈非常勤〉              重村博文
常任監査役                 木村芳友
講談社は元旦の新聞広告で「動く講談社」を謳っていたが、出版業界の常識や伝統を遥かに超えて、出版の業態や業容が変化していくことは間違いなく、そうした時代の速度に拮抗して講談社も動くという意志表示であったのだろう。そのための体制を今年から志向していくことになるわけだが、役員人事においては最小限の「動き」にとどめたようである。すなわち、若くして関連会社に出向していった者たちが本体に復帰するのは来年以降になるということである。