北朝鮮のミサイル発射問題と「動的防衛」

北朝鮮人工衛星を打ち上げるという。しかし、人工衛星というのは「自称」で、実態は長距離弾道ミサイルにほかならない。北朝鮮からすれば国際社会から更に孤立しようとも、第一書記に就任した「三代目」金正恩の権力の正統性と最高権力者としての威厳を国内に周知徹底するための政治的な儀式なのだろうが、周辺国にとっては「いい迷惑」であることは間違いあるまい。そもそも北朝鮮が長距離弾道ミサイルを発射することは国連安全保障理事会決議1874違反だ。この2009年6月の決議は北朝鮮弾道ミサイル技術を使ったいかなる発射も実施しないよう求めている。
ロケットの一段目は韓国沖の黄海に落ち、二段目がフィリピン沖の太平洋に落ちると予想されているが、そうなると沖縄の上空を通過することになる。もし、発射に何らかのトラブルが生じ、日本の領土に落下することになったらば、さあ大変というので、田中直紀防衛相はもしもの場合に備えて破壊措置命令を発動した。これにより自衛隊沖縄本島石垣島宮古島に地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を配備し、海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を搭載したイージス艦も展開している。まずSM3で迎撃し、これに失敗したらPAC3で撃ち落すという二段構えの防衛体制を構築したわけだ。

迎撃の精度については、米国のイージス艦による海上配備型迎撃ミサイル(SM3)で、これまで27回の実験を行って22回成功している。日本のイージス艦4隻はそれぞれ迎撃ミサイルの発射試験を行って3隻が成功を収めた。
地上から発射されるPAC3は射程が約20キロと短く、防御範囲が狭いと指摘されているが、同時に複数のミサイルを発射することによって、迎撃精度が大きく向上するとされる。産経新聞4月8日付主張「北ミサイル迎撃 『国を守る』覚悟みせよう」

自衛隊の迎撃システムはなかなかのスグレモノなのだろう。花見シーズンに突入し、浮かれまくっている一般国民をヨソに軍事的には緊張感が大いに高まっているということなのだろうか。「国を守る」覚悟みせようと産経新聞が叫んでも、同じグループのフジテレビの番組表を見ている限り、そんな覚悟はどこにあるの?という感じであるし、やはり同じグループの扶桑社から刊行されている『週刊SPA!』4/10・17合併号の中吊り広告には北朝鮮の「き」の字も掲げられていない。フジサンケイグループに「国を守る」覚悟など、この程度のものなのだろう。
とはいえ、自衛隊が迎撃体制を取ることには、右派からは目の敵にされている朝日新聞も4月5日付社説「北朝鮮ミサイル―発射させぬ外交努力を」でも異論がないようである。

こうした措置を取るのは、2009年以来、2回目だ。可能性は低くても、できる限りの準備をする。この対応には国民の理解も得られるだろう。

しかし、今回の自衛隊の展開は北朝鮮のミサイル発射に対応するためだけのものであろうか。それにしては、ものものしすぎるのではないだろうか。PAC3の警備にあたる自衛隊員は実弾を装填した小銃を携行するという。これは自衛隊法の「武器等防護のための武器使用」規定に則ってのものであるが、2009年にPAC3を配備した際は、どうであったのだろうか。また陸上自衛隊員を被害確認や救援にあたる目的で400名ほど石垣島宮古島だけでなく与那国島にも派遣するが、ここまで自衛隊の展開を広げる必要があるのだろうか。そもそも、今回の北朝鮮によるミサイル発射騒ぎが起こる以前は産経新聞が主張で書いているように沖縄本島以南の防衛は殆ど空白状態であったのだ。
2009年と2012年の違いは何かと言えば、その間に防衛大綱が改正されているということである。現在のものは「動的防衛」という概念を初めて導入した防衛大綱なのである。従来の防衛大綱は「基盤的防衛力構想」に支えられていた。これはアメリカを盟主としていた西側とソビエトを盟主としていた東側が対峙していた冷戦時代に採用されたもので、防衛力の存在による抑止効果に重点を置いていたが、現在の防衛大綱が依拠している考え方は「動的防衛力」にほかならない。「動的防衛力」は自衛隊の「運用」に焦点を当て、「事態発生時の対処のみならず、平素からの常時継続的な防衛力の運用による『動的な抑止力』を重視」したものであるが、建前としては「わが国に対する軍事的脅威に直接対抗する、いわゆる『脅威対抗』」の考え方には立脚していないとするが、台頭する中国の存在抜きに「動的防衛力」がリアリティを持つとは私には思えない。今回の沖縄方面への自衛隊の展開は当然「動的防衛」を踏まえてのものであろう。
孫崎享のツイートによれば「ミサイル防衛システムは軍事拠点を守る物で、民間地を防御するには不完全で全く機能しない.こちら側の攻撃拠点を防御するために同じ軌道で飛んでくる敵のミサイルを正面から迎撃することは可能かも知れないが、予測不可能な軌道で落下してくるミサイルを迎撃するのは物理的に不可能」であるらしい。中国の台頭によって修正を迫られつつあるアメリカの東アジア戦略という文脈で考えたほうが様々な謎が氷解する。アメリカは中国との経済的な関係を重視し協調路線を選択し、軍事的には後方配備に切り替え、抑止と防御の負担を日本側に肩代わりさせる「オフショア・バランシング」の戦略を進めるものと孫崎は予測している。要するに北朝鮮のミサイル発射を「好機」として捉え、これまで空白状態であった南西地域の自衛隊強化を図るつもりだというのだ。軍事的には北朝鮮をダシに対中国を睨んでの布石を打ち始めたということなのである。少なくとも、そのような軍事的リアリズムを前提としない限り、これほどのものものしさは理解できないのではないだろうか。