第4回日本・メコン地域諸国首脳会議を黙殺した全国紙の事大主義

4月21日に第4回日本・メコン地域諸国首脳会議が開催された。フン・セン・カンボジア首相,トンシン・ラオス首相,テイン・セインミャンマー大統領,インラック・タイ首相,ズン・ベトナム首相が東京で一堂に会した。
外務省のホームページによれぱ「2015年のASEAN共同体構築やミレニアム開発目標達成を後押しし,また,日本とメコン地域の共通の課題である自然災害に強い社会を作るため」、議長をつとめた野田佳彦首相から「3つの協力の柱」が提案され,各国首脳が一致したという。第一の柱は域内の連結性の支援を行う「メコン連結性を強化する、第二の柱はメコン地域の経済成長のための投資や貿易を促進する「共に発展する」、第三の柱は自然災害,母子保健対策等を行い,「人間の安全保障及び環境の持続可能性を確保するということらしいが、全国紙=大手新聞はこの第4回日本・メコン地域諸国首脳会議をものの見事に黙殺した。小さな記事でしか扱わなかったし、朝日新聞も、読売新聞も、毎日新聞も、日本経済新聞も、産経新聞も社説で取り上げることはなかった。全国紙ではないが東京新聞も同じであった。
反論もあるだろう。野田首相ミャンマーテイン・セイン大統領と会談し、3000億円の債権を放棄し、25年振りに円借款を再開を表明した。昨年3月に軍政から民政に移管しての民主化をはじめとする諸分野の改革を評価しての決定であったが、これについては一面でも報道したし、社説にも取り上げたと。確かに日本経済新聞讀賣新聞が社説で取り上げている。
しかし、二つの社説を読んでも日本・メコン地域諸国首脳会議の意義が何であったのか、まるでわからない。そもそも野田首相が首脳会談を行ったのはテイン・セイン大統領だけではないのだ。カンボジアのフン・セン首相とも、ベトナムグエン・タン・ズン首相とも首脳会談を行っている。フン・セン首相との会談では日本が支援するシハヌークビル経済特別区が5月1日に落成式を迎えることが話題になったし、グエン・タン・ズン首相との会談では両首脳が原子力発電所建設及びレアアース開発への協力が進展していることを確認した。私などは何故、タイやラオスの首相とは首脳会談を行わなかったのか、その理由も知りたいが、どの全国紙も全く報道していなかったように思う。全国紙の側からすれば、この日本・メコン地域諸国首脳会議自体、大した内容のものではなかったと言うのかもしれない。
しかし、会談の中身が大してなくとも、これがアメリカの大統領や中国の国家主席、ロシアの大統領が来日すればどうだろうか。首脳会談の中身が殆どなくとも大騒ぎするのは目に見えている。これまでが、そうだった。実は日本の全国紙はリベラルから右派まで総てが「大国主義」に汚染されている。
裏返してみるならば、こういうことだ。全国紙はイデオロギーという部分では多少なりとも差異があっても、彼らの頭のなかには日本もまた大国だという事大主義が無意識のうちに組み込まれているに違いない。メコン地域諸国はどの国をとっても、日本にとって政治的にも経済的にも、また文化的にも重要なパートナーとなり得る国々であるにもかかわらず、だ。アジアのなかの日本という発想など微塵にもないのだ。かつてはアメリカとソ連の間を行ったり来たりし、今はアメリカと中国の間を行ったり来たりしている。
はっきり言うが、それはアジアを差別しているということではないのか。実は、こうした頭の構造は全国紙というメディアに特有のものではない。マスメディアにコメントを発するような知識人、学者にしても共有してしまっている。誤解を恐れずに言えば、リベラルほど差別意識が強いのではないだろうか。気分はいつもアメリカンなのである。むろん、いつも薄味であるけれど。だいたいアメリカからすれば日本はアジアでしかないだろう。
こうした日本の「知」の錯覚は日本が島国であるということと深くかかわっているものだと私は思っている。島国であることによって正確な世界地図を描くことが要するに不得手なのである。世界に萎縮してしまうのだ。その萎縮が大国しか見ないという事大主義と自らも大国であるという事大主義を不可避的に招き寄せてしまっている。もちろん、井の中の蛙に徹して世界に通じるという方法もあるのだが、それだけの度胸も、堪え性も持ち合わせていなかった。日本の全国紙の、ひいては日本の知識人の宿痾である。
そうした閉ざされたままの言論空間にあって出色だったのは北國新聞が4月23日付で掲げた社説「メコン地域協力 日本の信頼を高めたい」であった。私はiPhoneのアプリ「社説リーダー」で読むことのできる社説には一通り目を通しているが、日本・メコン地域諸国首脳会議を社説で取り上げたのは北國新聞だけであった。

メコン地域では中国が影響力を拡大している。天然ガスや市場の獲得だけでなく、いわゆる南下政策をとり、インド洋へのルートを確保する地政学的な戦略もあるとみられる。インドもルックイースト(東方)政策として、メコン流域との関係強化を重視している。米国も外交安保の軸足をアジアに移しており、メコン地域を舞台にした覇権、主導権争いの激化が予想される中、日本の存在感を失わない戦略が求められる。

内容的にはありきたりの言論ではあるのだが、全国紙が完全に無視するなか、社説で取り上げたことには敬意を表したいし、地方紙の言論が全国でもっと注目されても良いのではないか。地方紙は新聞業界の、というよりも言論界のアジアなのだから。