AKB48の選抜総選挙について

NHKは夜9時のニュースで報じた。スポーツ新聞は野球の話題を押しのけて一面を占拠した。全国紙も社会面を割いて扱った。社会的な事件であったのだろう、大島優子が第1位に返り咲いたAKB48の総選挙は。全国紙でも朝日新聞はデジタル版でAKB総選挙速報を第4弾までアップするという熱の入れようであった。まあビジネス絡みなのだろう。前田敦子が引退する東京ドーム公演のスポンサーは読売新聞である。引用はもっとも利害関係の無さそうな毎日新聞からしておこうか。

アイドルグループAKB48の27枚目のシングル曲を歌う16人を決める「第4回選抜総選挙」の開票イベントが6日、東京都千代田区日本武道館で開かれ、大島優子さん(23)が10万8837票を獲得し、2年ぶりに首位を奪還した。2位は7万2574票の渡辺麻友さん(18)、3位は7万1076票の柏木由紀さん(20)だった。
(中略)
今回はAKB48のほか名古屋・大阪・博多のグループなどの計237人が“立候補”。最新シングルCDの購入者やファンクラブの会員などが、前日までの約2週間に票を投じた。投票総数は前回より約22万票多い138万4122票だった。
今回の選挙では得票数16位までが、シングル曲を歌う「選抜メンバー」に。64位までが当選となった。4位以下は次の通り。
(4)指原莉乃(5)篠田麻里子(6)高橋みなみ(7)小嶋陽菜(8)板野友美(9)松井珠理奈(10)松井玲奈

ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』で述べた美人コンテストにおける合理性のパラドックスは起こらず、大島優子が一位という予想通りの結果に落ち着いた。よく知られているようにケインズは投資を美人コンテストになぞらえた。ケインズの設定したシチュエーションはこうだ。100枚の写真のなかで誰が最も美人かではなく、誰が最も投票が多いかを当てたならば賞品が出るという新聞投票である。この場合、新聞投票に参加する者は、自分が美人であると考える女性には投票しまい。みんなが平均的に美人と考えるのは誰だろうと予想する。しかし、投票者が抱く「平均的」とは何かを考えていくと、投票者の思惑をはかる推測だけが連鎖し、ケインズによれば四次元、五次元、それ以上の次元を実行する者にもあらわれ、誰が見ても最も醜い者が優勝してしまう可能性さえ生まれてしまうというわけだ。確かに金融市場では起こり得ることだが、今回のAKB48選抜総選挙は上位陣は誰が見ても納得させられるような結果であったと言って良い。私にしても第1位は大島優子であると予想していたくらいである。
もともと日本人は、この手のコンテストが大好きなようである。明治25年(1892)に都新聞は「娼妓百美人の写真」を掲載しての美人投票を実施している。中里介山長谷川伸を記者として抱えていたことでも知られている都新聞は様々な投票企画を打ち出し、部数拡大を図っていたのである。スポーツ新聞はおろか一般の新聞までAKB48選抜総選挙に夢中になるほど、日本は平和ボケしているという批判は当たらないのである。ちなみに東京新聞の前身は都新聞である。昭和17年(1942)に新聞事業令により都新聞は国民新聞と合併して東京新聞となる。
AKB48選抜総選挙衆議院議員を選ぶ総選挙の選挙としての違いは、第一にAKB48選抜総選挙は「制限選挙」であって「普通選挙」ではないということである。AKB48のファンであるだけでは投票できない。今回、投票するにはAKB48 26thシングル『真夏のSounds good !』(初回限定盤・通常盤)を購入するか、ファンクラブに入会しているか、オンデマンド月額会員であるか、AKBオフィシャルネットのプロバイダサービスを受けているかであった。しかも、一人一票ではない。シングルCDを何枚も買えば、その枚数分の投票権を獲得できるし、様々な有料サービスを利用していれば、その分の投票権も行使できる。『真夏のSounds good !』はミリオンセラーになったというが、選抜総選挙はCDの売上に直結するイベントであるのはもちろんのこと、AKB絡みのビジネスを成立させる「燃料」になっているのである。
今回のAKB48選抜総選挙で感じたのは、体育会系のノリであるということである。甲子園の高校野球とか、サッカーのワールドカップ、あるいはオリンピックでも良いのだが、そうしたスポーツ競技にAKB48選抜総選挙に極めて近い世界観を持っているということだ。『週刊少年ジャンプ』が創刊以来ずっと掲げている編集方針は「努力・友情・勝利」だが、この三要素がAKB48にも当てはまり、その三要素を最も象徴しているのが選抜総選挙ということになる。
5位となった篠田麻里子は「後輩に席を譲れという人もいるかもしれません。席を譲らないと上に上がれないメンバーはAKBでは勝てないと思います。(後輩は)悔しさを私たちにぶつけてください。潰すつもりできてください」と語っているが、そのくらいの選抜総選挙で上位を獲得するには、そのくらいの「努力」が必要なのである。篠田の発言に応えて、「ヘタレキャラ」として知られ、今回は第4位となった指原莉乃が「さっきの麻里子さんの話で、もう弱音は吐かないと決めました」と更なる努力を宣誓する。第6位の高橋みなみは「努力」という言葉をはっきりと口にする。曰く「去年、努力は必ず報われる、と言いました。そうではないという人もいます。でも、努力しなければ始まらない。努力は必ず報われる、ということを私は人生を以て証明します」。SKEから10位と9位にランクインしたが、二人とも「勝利」を掴んだ喜びにあふれた発言をしてい。10位の松井玲奈が「皆さんの力がなかったら、私は普通の地味で冴えない女の子だった。皆さんはとっても素敵な場所をいつも私にプレゼントしてくれます」と言えば、9位の松井珠理奈は「私はあんまり人前で泣くことが好きじゃないけど今日だけは許してください。私はどこにいても変わりません。チームSとしてもチームKとしても自分らしく精一杯全力投球していきたい」と語る。
第1位となった大島優子は「勝利」のみならず、AKB48を去ることになった前田敦子や他のメンバーとの「友情」について語ることも忘れなかった。

この景色がもう一度見たかったんです。あっちゃんが道を開こうと頑張ってくれているので、私はその開いた道の土台になれればいい。みんなのコメント聞いてると本当に士気が高いし、AKBは本当に志が高いと思いました。(コメントは『朝日新聞デジタル』から引用)

投票総数は138万4122票にも及んだが、大半は若い世代による投票であったと考えても良い。若者はAKB48の「努力・友情・勝利」に収斂していく体育会系のノリに何故、ここまで共鳴し、共振するのだろうか。AKB48に熱狂する若者たちは果たしてAKB48に自画像を見出しているのだろうかということである。自分たちもAKB48のように努力を重ねれば、勝利もし、友情も獲得できると思っているからAKB48を支持し、選抜総選挙に熱中している。逆だと思う。AKB48現象は若者たちの現実が逆立ちして投影されていると考えるべきなのである。そのような屈折がAKB48と若者たちの間に介入しているからこそ、ここまでの熱狂が生まれていると私は思うのだ。つまり、多くの若者たちにとって、AKB48の「努力・友情・勝利」の物語は自分にとって実現不可能な御伽噺なのである。彼らが直面しているのはひたむきに努力しても殆ど報われることのない現実であり、全力でぶつかっても決して勝利などできない現実であり、友情といって薄っぺらなものでしかないと割り切らざるを得ない現実なのである。こうした辛い現実を抱え込まざるを得ない若者たちにとってAKB48は「失われた希望」にほかならないのである。若者たちはAKB48のように純粋な競争をしようにも、受験では家庭の経済力がものをいうし、就職でも先行する世代が既得権益を押さえているために純粋な競争からもあらかじめ疎外されてしまっている。若者たちがAKB48選抜総選挙に熱狂する無意識には、自分たちが選抜総選挙AKB48を真っ当に評価するように自分たちも何らかの形で真っ当な評価を受けたいという叫びがどうしようもなく張り付いているのである。私も含めて大人たちは、AKB48現象にもっと敏感でなければなるまい。若者たちとAKB48は「逆接」で繋がっているのである。