『イマジン』が流れ『悪魔を憐れむ歌』が流れなかったロンドンオリンピック閉会式

ロンドンオリンピックポール・マッカートニービートルズ時代の曲である『ヘイ・ジュード』で幕を開け、ジョン・レノンビートルズを解散してから発表した『イマジン』で幕を閉じた。開会式には70歳になるポール・マッカートニー本人が登場し、ロックコンサートと化した閉会式ではジョン・レノンの映像が大きく映し出された。

Imagine there's no countries

そうか!ビートルズがレコードデビューを果たしてから今年は50年という節目であったのだ。しかし、閉会式で流れた『イマジン』はビートルズの楽曲ではない。「想像してごらん 国なんてないことを」とナショナリズムを真っ向から否定し、「想像してごらん みんなが ただ平和に生きているって」(Imagine all the people Living life in peace)と非戦の理想を歌い上げる『イマジン』が閉会式で流れたのは印象的であった。
オリンピックは平和の祭典ではあるものの、サッカーのワールドカップと並んで国家が前面に露出して来る祭典でもある。だからこそ「オリンピック憲章」ではわざわざ「人種、宗教、政治、性別、その他の理由に基づく国や個人に対する差別はいかなる形であれオリンピック・ムーブメントに属する事とは相容れない」と記しているのである。簡単に言うとオリンピックの建前は「スポーツぐらい国なんて関係なしに楽しもうぜ」ということだろう。
しかし、オリンピックが大衆ナショナリズムを駆り立てる場であることも確かである。この私にしてからが銅メダルを競いあうことになった男子サッカーの日韓戦で日本が負けると落胆し、同じく銅メダルを競った女子バレーの日韓戦で日本が勝つと気分を高揚させたものである。女子バレーなどに普段は全く関心のない私であるにもかかわらず、である。またオリンピックの後半で男子ボクシングや男子レスリングで四十何年ぶりや二十何年ぶりかで日本人選手が金メダルを獲得すると、やはり日本柔道の行く末を酒の肴にしたのも私だし、毎日、新聞で更新される国別のメダル獲得数に一喜一憂してしまうのも、この私である。それは私ばかりではあるまい。恐らく、「私」は全世界において多数派を占めるはずだ。オリンピックは二重底になっているということだ。
オリンピックの建前に立ち戻らせてくれたという意味で閉会式の『イマジン』は解毒剤の役割を見事に果たしたといっても良いだろう。ただ、私の場合は解毒剤が効き過ぎてしまったところもある。開会式や閉会式におけるローリングストーンズの不在が気になって仕方なくなってしまったのである。
閉会式では大型モニターに映るクイーンの故フレディ・マーキュリーが映し出されると、ユニオンジャックをかたどったステージにブライアン・メイがまず登場し、ステージ中央からせり上がってきて、ロジャー・テイラーが『ウィ・ウィル・ロック・ユー』のリズムを叩き出すと、そこにブライアンとフレディにかわってボーカルをつとめるジェシーJが歩いてゆき、夢の競演となる。

Buddy you're a boy make a big noise Playin' in the street gonna be a big man some day

今は街で大騒ぎして遊んでいるけど、いずれ大物になるであろうという意味の『ウィ・ウィル・ロック・ユー』の歌詞はオリンピックのアスリートにもあてはまる。これで閉会式が一挙にヒートアップしたのも頷ける。閉会式には他にもジョージ・マイケル、ファットボーイスリム、スパイスガールズが登場し、トリをつとめたのが、ザ・フー。といっても現在残っているのはピート・タウンゼントロジャー・ダルトリーの二人だが、『see me feel me』『my generarion』を披露した。
もし、ここにローリング・ストーンズが加わっていれば、閉会式は完璧なロックコンサートになっていたに違いない。真偽は定かではないが、ローリング・ストーンズにはオファーを出したものの断られたという話も聞いた。仮にオファーを受け、ローリング・ストーンズが閉会式に登場したとして何を演奏するのだろうか。ストーンズの代表作はどの一曲をとってみても、ジョン・レノンの『イマジン』と相性が悪いと思うのは私だけであろうか。

I rode a tank  Held a general's rank When the blitzkrieg raged And the bodies stank

ローリング・ストーンズのライブには欠かせない『悪魔を憐れむ歌』の一節である。原題は「Sympathy for the Devil」。悪魔を憐れむのではなく、悪魔に対する共感を堂々と歌い上げている。戦車による電撃戦が激化し、死体が臭いをはなっていたときに悪魔たる私は将軍とともにそこにいたというのだ!折角、二週間の幻想にしか過ぎなくとも、平和の祭典が繰り広げられ、エンディングを迎えたときローリング・ストーンズが『悪魔を憐れむ歌』を歌い始めたらどうなるだろうか。オリンピックの「二重底」が暴露されて、平和の祭典であるという建前が吹き飛ばされかねまい。何しろミック・ジャガーは次のように歌っているのだ。

Just as every cop is a criminal And all the sinners saints As heads is tails Just call me Lucifer 'Cause I'm in need of some restraint

警官は犯罪者であり、罪人は聖人であり、すべては表裏一体なのだ。なれば悪魔たる私のことを堕天使ルシファーと呼べ。そうオリンピックの平和もまた戦争と表裏一体なのである。情況や世界に対する挑発こそローリング・ストーンズの持ち味(ビートルズが「Let it be」ならストーンズは「Let It Bleed」だ)でもあるのだが、『悪魔を憐れむ歌』をオリンピックで流すには未だ早いのかもしれない。次に掲げるのは8月13日付朝鮮日報の社説「大韓民国64年の歴史を一層輝かせたロンドン五輪」である。

2012年ロンドン五輪が閉幕した。大韓民国は12種目で計28個のメダルを獲得し、当初の予想をはるかに上回る好成績を残した。金メダルの数で韓国を上回ったのは米国、中国、英国、ロシアのみ。厳しい練習、貧困、負傷、挫折などを乗り越え、すばらしい結果を残した選手と指導者全員が、5000万人の国民全体から拍手を受ける資格がある。

オリンピックの閉会式でローリング・ストーンズの『悪魔の憐れむ歌』を堂々と演奏できるような世界こそ望ましいのは間違いあるまい。たぶんローリング・ストーンズロンドンオリンピックの閉会式にやってきたとしても、演奏するのは『悪魔を憐れむ歌』ではなく『サティスファクション』あたりになるのかもしれない。しかし、しかし、だ。『悪魔を憐れむ歌』の曲調はサンバであり、次のオリンピック開催地はブラジルのリオ、サンバの本場である。