アメリカの影―パブリックコメントと脱原発

2030年度に原発依存率を0%にするのか、15%にするのか、20〜30%にするのか、政府のパブリックコメントの集計結果が公表された。この集計結果は政府が福島第一原発の過酷事故を踏まえてたエネルギー政策を決めるに当たって尊重しなければならない。パブリックコメント手続きは単なるアンケートや世論調査ではない。法律によってしかと定められているのだ。行政手続法39条によって国の行政機関が命令や規制などを決めるに際して、その案および関連資料を事前に公表し、一定の期間を設けて広く一般の意見を求めることが義務づけられているのである。
パブリックコメントに関しては、法律で保障されているにもかかわらず、わが国においてはそれほど重視されていなかった実態がある。そうした実態にメスを入れたのは民主党でもなければ、自民党でもない、アメリカであった。小泉内閣郵政民営化アメリカから日本に提案された年次改革要望書の意向を汲んでいたようにパブリックコメント手続きの強化は2008年度の年次改革要望書で求められていたのである。そこには「日本がパブリックコメント手続き(PCP)を履行する際、米国は、日本が行政手続法の影響を監視し、同制度の有効性を高めるための新たな方策を講じることを強く奨励する」と書かれていた。日本がパブリックコメントをそれほど重視して来なかったということは、アメリカからすれば日本の民主主義は透明性に問題があるということにほかならなかったのだろう。具体的には次のようなことが提案されていた。2008年度の年次改革要望書では次のようなことが具体的に指摘された。

利害関係者が問題を分析し、意見を準備するための十分な時間を与えるために、可能な限り早い時期に規制案を公表する。

十分なパブリックコメントの期間(最短 30日、原則 60日)を与え、それよりも短い期間にしなければならない緊急の必要性がある場合は、文書による明確な説明を提供する。

省庁が意見を十分に検討し、提出された意見に対して適時に意義のある方法で回答することに加え、適切な場合はそれらを最終的な規制に盛り込む十分な時間を与えることを保証する。

米国は、日本政府が引き続き PCPの履行調査を行い、履行についての指針を発布することを要望する。それに加えて、PCPに関する行政手続法の改正の有効性の徹底的な評価に着手し、その評価結果を公表し、さらにはその調査の一環として国民が制度に対する提案の機会を与えることも要望する。

日本の省庁は、PCP制度上正式には義務付けられていない報告書案、法案、ならびに他の同様の資料をパブリックコメントに付すために、時折自発的に公開してきた。米国は、透明性を高めるためのそのような積極的方策が講じられる場合には、いつでもこれを歓迎し、日本の省庁が可能な限りそのような慣行を継続することを奨励する。

まさにアメリカの指摘する通りである。年次改革要望書によるアメリカの日本分析は精緻きわまりないのである。政府は毎年、日本の問題点をアメリカに羅列されては一本取られたと苦虫を噛みつぶしていたに違いない。年次改革要望書は日本からアメリカにも出されていたが、日本の政治の実態は、毎年発表される年次改革要望書を実現していくことに最も労力を割いて来たのかもしれない。そういう意味で年次改革要望書は日本の対米従属政治を象徴していたのである。実際、アメリカの要望は日本の国益、国民益にとって必ずしも歓迎すべきことばかりでなかった。それでも日本の政治はできる限りアメリカの意向を反映させるための努力を惜しまなかった。
しかし、2009年の総選挙で民主党が政権を獲得し、鳩山由紀夫が首相の座に就くと事態が大きく変わる。鳩山政権によって年次改革要望書は廃止されたのである。このことは新聞やテレビで取り上げられることはなかったが、政権交代の大きな成果のひとつであった。当初、民主党政権は対米自立路線を模索していたのである。そんな鳩山が失脚するのは、鳩山自身が「最低でも県外」と言ってはばからなかった普天間基地の移転問題である。そこで鳩山はアメリカに梯子を外されたのである。鳩山にかわって首相の座に就いた菅直人は2010年11月に横浜で日米首脳会談を行い、そこで「新たなイニシアティブに関するファクトシート」を発表し、年次改革要望書にかわる「日米経済調和対話」という新たな枠組みができあがる。菅直人は再び対米従属路線に回帰していったのである。2012年1月に発表された「日米経済調和対話」はパブリックコメント手続きについて、こう書いている。

日本国政府は,各府省においてパブリックコメント手続に関する遵守状況が改善していることを示す 2010 年 12 月の調査結果を報告した。2011年2月,総務省は各府省に対し,提出された意見に対して十分な考慮期間を確保することを含む,パブリックコメント手続の適切な運用を求める通知を発出した。総務省は,遵守状況についての実態把握を継続してく。

かくして原発にかかわるパブリックコメントでは8万8280件もの有効意見が寄せられ、2030年度における原発依存0%の支持が87%にも及んだのである。8月28日付東京新聞は「脱原発 国民は覚悟」という見出しのもと一面を割いて、次のように書いている。

 二〇三〇年時点の原発依存度などをめぐる政府のパブリックコメント(意見公募)の集計結果が二十七日、公表された。有効意見は八万八千二百八十件で、政府が示した原発比率の三つの選択肢(0%、15%、20〜25%)のうち、原発ゼロ案の支持が約七万六千八百件(87%)を占めた。さらに、原発の代替手段となる再生可能エネルギー・省エネ対策については、電気料金の上昇につながるにもかかわらず「コストがかかっても拡大」が39%に上り、脱原発に向けた国民の覚悟が示された。

こうした結果は15%案で妥協を図ろうとしていた政府に影響を与えることになるだろう。しかし、それでも0%という思い切った決断はできないに違いない。というのは、アメリカは原発依存度0%をどうやら望んでいないからである。パブリックコメント手続きの改善をアメリカが求め、そのパブリックコメントで国民は脱原発の覚悟を示したが、しかし、アメリカは脱原発をどうも支持しない雲行きなのである。8月27日付朝日新聞の「風」でワシントン総局長の立野純二が書いているのだが、元国務副長官のリチャード・アーミテージハーバード大学教授のジョセフ・ナイというアメリカにおける知日派の重鎮二人の名前を冠した政策提言書が8月15日にアメリカカのシンクタンク戦略国際問題研究所」から発表されたが、そこには「日本は今後も原子力発電を推進せよ」と書かれているというのだ。アメリカが脱原発を支持していないとなれば、自民党政権だろうが、民主党政権だろうが、日本の政治はアメリカが納得しないエネルギー政策を選択することはできまい。しかも、日本がポツダム宣言を受諾した日を選んでの発表である。アーミテージやナイは日本に「無条件降伏」を求めているのだろう。
つまり、こういうことだ。アメリカが改善を日本政府に求めたことによって、日本の民衆はパブリックコメントによって「脱原発」の覚悟を政府に示すことはできたが、アメリカが日本のエネルギー政策において原発推進を求めている以上、日本政府はそう簡単にアメリカにノーとは言えまい。野田首相であろうと誰であろうと、日本の総理大臣が「遺憾の極み」とか、「不退転の覚悟」といった強い言葉を向けることができるのは、韓国や中国に対してだけであって、アメリカに対しては1945年8月15日以来、アメリカの影に怯えながら、ひたすら恭順の意を表すことしかできないのである。「決める政治」「決められない政治」と言うが、「決められない政治」とは、アメリカの意向を無視して何も決められないということであり、「決める政治」とはアメリカの言いなりになりきることなのだろう。「愛国」を偽装する「売国」が大手を振って歩くのが日本の政治なのである。いずれにせよ、日本の民衆は一方でアメリカに焚き付けられ、また一方で冷水を浴びせかけられるという二律背反に直面せざるを得ないのである。