自民党総裁選に勝利した安倍晋三について

9月26日に行われた自民党の総裁選は2回の投票を経て「強い日本」を主張する安倍晋三に決まった。安倍は選挙に臨むにあたって3500円のカツカレーを平らげ「強い安倍」を演出してみせた。どういうことかおわかりか。5年前に安倍が首相の座を放り出したのは潰瘍性大腸炎が原因であった。健康的に「弱い安倍」がバレてしまったわけだ。この潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患に身体が蝕まれていると、肉や香辛料、油ものを食べることは厳禁なのだ。そうカツカレーは三拍子揃った食べものであり、これを平らげることで「弱い安倍」を克服したことをアピールしたということなのである。「弱い身体」で「強い日本」を主張しても説得力がないからね。
総裁選を振り返ってみよう。1回目の投票には議員票に党員・党友による地方票300票が加わる。議員票でトップに立ったのは石原伸晃58票、次点が安倍で54票、これに石破茂34票、町村信孝27票、林正芳24票と続く。これが地方票になると石破が過半数を獲得し、165票、次点が安倍で87票、以下は石原38票、町村7票、林3票と続く。「お偉いさん」たる議員票と私たちのような単なる有権者に最も近い場所にいる地方票では「総裁観」が異なることを露呈させた1回目の投票である。
議員票トップの石原が地方票では議員票では50票はおろか、40票にも届かなかった三番手・石破の四分の一にも満たない票数しか獲得できないのである。私にしてもそうだが、石原の頼りなさが国会議員からは好感が持たれ、党員・党友からは嫌われたということである。
安倍は議員票、地方票とも2位だが、それでも地方票は石破の約半分にしか過ぎない。報道では石破と安倍を「タカ派」として一括りに扱うケースも多いようだが、党員・党友による投票で石破が安倍の約2倍の票数を獲得したのは、石破が安倍よりも、より「タカ派」であったからではあるまい、より「属米」であったからではあるまい。石破が社会的弱者に対する目配りという意味では、もっともリベラルな位置にいる政治家であったからなのではないだろうか。
ある意味、保守本流の政治思想は石破が継承しているのだ。これに対し安倍も、石原も新自由主義の信奉者であり、この点に地方票は危惧を持ったに違いない。新自由主義は辛うじて地方に生き長らえている「社稷の精神」の破壊者にほかならないのである。安倍がよく口にする「戦後レジームからの脱却」とは、「社稷の精神」を木っ端微塵に破壊する革新思想にほかならない。そういう意味で安倍は政治家として岸信介の紛れもない嫡子なのである。安倍を「右翼」と規定しては、少なくとも農本主義「右翼」に対して失礼きわまりない話である。韓国の「朝鮮日報」「中央日報」などは安倍に「極右」のレッテル貼りをしているが、韓国の立場からすれば、誰が自民党の総裁に就任しても「極右」に映るのではないだろうか。ただ、韓国の新聞、テレビといったマスメディアに隠蔽して欲しくないのは、安倍が親韓派の牙城でもあった清和会の流れを汲む政治家であるということだ。韓国が1987年に民主化宣言をするまで、韓国のマスメディアが言うところの「極右」ほど親韓派であった。そのドンにして、安倍の祖父に当たるのが「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介である。それこそ岸は日韓癒着のシンボルとも言われた政治家である。岸が日韓国交回復に深く関与したのは、当時の韓国大統領である朴正煕が日本陸軍士官学校であり、満州国軍将校として満州国とか関わりをもったという朴のキャリアと無縁なことではなかったろう。
安倍の祖父たる岸信介は戦前、革新官僚として満洲「国」の経営に当たり、同じく満洲「国」に深く関わった陸軍の東条英機内閣において大臣をつとめるにいたるが、東条が岸に期待したのは、その革新性であった。ちなみに自民党独裁という55年体制社会主義を掲げながらも補完して来たことで知られる日本社会党のひとつの源流を構成していたのは岸信介に辿り着く人脈である。いずれにしても、既に新聞が報道しているように1回目の投票で党員・党友票である地方票を媒介として現れた「民意」は、国会議員だけによる決選投票では裏切られることになる。安倍108票、石破89票という結果になる。
何故、国会議員は石破ではなく、安倍を支持したのだろうか。国会議員からすれば、自民党が政権に返り咲いた際に、石破に内閣の編成などで派閥力学(という権威主義)を顧みないような政治手法を実践されてはたまらないという心情が石破ではなく安倍という流れを作り出したのである。その点、安倍であれば派閥力学(という権威主義)をある程度、尊重する人事を期待できると踏んだのではないだろうか。また安倍が「戦後レジームからの脱却」と主張したところで、戦後レジームにおいて最大最強の骨格をなすアメリカとの関係(要するに対米従属路線)に手を突っ込まないことが明らかなのも、国会議員が石破に走らなかった重要なポイントであろう。
ツイッターでも安倍晋三絡みのつぶやきで大いに盛り上がっていたが、私には赤木智弘の次のようなツイートが印象に残った。

野田第二自民党と、安倍自民党。食べるなら牛の糞と犬の糞、どっちがいい? レベルの話だな。

とすれば、民主党安倍自民党の誕生によって、いくばくか息を吹き返す可能性もあるということだろう。