【文徒】2018年(平成30)11月8日(第6巻210号・通巻1384号)


Index------------------------------------------------------
1)【記事】「新潮」12月号が「差別と想像力 ―『新潮45』問題から考える」を特集
2)【本日の一行情報】
3)【深夜の誌人語録】
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1)【記事】「新潮」12月号が「差別と想像力 ―『新潮45』問題から考える」を特集

「新潮」12月号が特集「差別と想像力 ―『新潮45』問題から考える」を掲載している。星野智幸、中村則、桐野夏生、千葉雅也、柴崎友香、村田沙也香、岸政彦が寄稿している。星野智幸の「危機を好機に変えるために」は、星野が谷崎潤一郎賞の授賞式で行ったスピーチに大幅な加筆と修正を施したものだ。
「私の考えでは、学とは猛毒を薬に変えて差し出す表現です。『アルカロイド・ラヴァーズ』という作品を書いたときに植物毒のことをさんざん調べたのですが、ほぼすべての植物の毒は、じつは薬として使われています。毒と薬は、同じ物質なのです。学とは、毒の力を保ちながら薬として使うメディアであり、作家とはその調合を心得た専門家ということになります。だから、格闘家が一般人相手に喧嘩してはいけないように、作家は何が言葉の暴力で何が表現なのか、よく知っておかねばなりません。学の業界、出版の業界が、そういう現場の感覚にうとくなっていることが、『新潮45』の問題を許した一因でもあると思います」
中村則は「回復に向けて」を寄稿している。中村は2002年に「銃」で第34回新潮新人賞を受賞しデビューした作家である。
「右派や保守論壇の質が落ちたと近年よく言われる。だがそれは全く正確ではない。本来まだ語るべき能力も姿勢もない人間が、右派や保守を自称し、時に政治勢力を背景にしながら出てきているだけだ。今の彼らの多くに欠落しているのは、個人への想像力と繊細さではないか。今回の件は、彼らの一部に原稿を書かせる時、出版社は恥まで背負うリスクが大いにあることが明らかになった一つの事例だろう。これは決して、新潮社だけの問題ではない」
藝春秋の「學界」12月号の最後を飾るのは相馬悠々の「鳥の眼・虫の眼」。今回は「新潮45の『雑』と『粗雑』」だが、次のようなくだりには完全に同意する。
「いやしくも寄稿原稿を、編集段階で甲乙論駁、やりとりするのは当然だが、そのうえで掲載した作品を貶める出版社は、表現者から信頼されない。異論が噴出しても名誉棄損、盗作等でない限り、作家を擁護するのは編集部の責任である」
しかし、ここから先が同意できない。いきなり無理筋と言われても、何故、無理筋なのか説明しない限り、次のような物言いこそ無理筋であろう。
「社長が、どこが問題だったかを明言しなかったことを批判する論調もあったが、それは無理筋だ」
「新潮」の特集に戻ろう。桐野夏生は「すべてが嫌だ」を寄稿している。
「『新潮45』編集長・若杉良作という個人は、会社組織の中に、身を隠してしまった。そして、佐藤社長も、佐藤氏個人ではなく、会社組織の長としての『見解』を述べるだけである。私は、これらの出来事すべてが、そしてこの流れが、嫌でたまらない。おぞましい」
千葉雅也は「平成最後のクィア・セオリー」を寄稿している。千葉のツイートによれば「7月から9月にかけて、杉田問題をめぐり、性・国家・資本主義等について考察したツイートを選び、解説を付けたもの」(https://twitter.com/masayachiba/status/1059971018993950720)である
「発端の『杉田論』にせよ、その後の小川榮太郎氏の強い調子の章にせよ、LGBTへの嫌悪・差別の表現であることはそれはそうで、そのことに当事者の一人として不快と悲しみを感じる。僕も彼女らに批判を向けはした、が、とはいえ、わざと批判を煽る炎上商法に他ならないわけで、目新しい内容でもないから、騒いで批判するだけでは単純すぎる対応である」
柴崎友香は「言葉のあいだの言葉」を寄稿している。杉田水脈は彼女の発表した章や発言などからして、「普通」とか「常識」といった言葉が大好きな政治家であることがわかる。
「異質な他者を遠ざけるときにしばしば、『普通の』という言葉が繰り返し使われる。誰かの基準でしかないのに、『普通の』ことをしていれば『普通に』生きられるはず、その枠からはみ出れば認められない、本人のせいだ、と。異質なもの、自分と違う化や考えを受け入れられないのは、理解する=同じになる=よいこと、そうでないのは悪いことという妙な頑なさがあるのではないかと、このところ考えている」
村田沙也香は「『見えない世界』の外へ」を寄稿している。「地球星人」でもそうであったが、村田は言葉を与えられていない人の苦しみや悲しみに言葉を与えることが学の役割だと考えているのではないだろうか。
「問題になった記事について、『新潮45』が特集を組んだというニュースを見たとき、私は一週間ほど、ほとんど夜を眠ることができず、発作のような嘔吐や眩暈の中で過ごした。そういう自分の偽善じみた体調不良が薄気味悪く、頭の中で自分を裁き続けると、更に状態は悪くなった」
岸政彦は「権威主義・排外主義としての財政均衡主義」を寄稿している。岸は同じ12月号に小説「図書室」も発表している。
「『新潮45』が廃刊になったことで、あれはただ売れない雑誌を『トカゲのしっぽ切り』しただけだとか、廃刊するのではなく検証して責任の所在を明確にしなければならないとか、いろいろな意見があるけれども、私は廃刊になっただけでもかなりほっとした。これで良かったとは決して言わないけれども、いくら炎上しても皆様元気にあいかわらずのことを発言しておられるので、ひとつ媒体がなくなったというだけで、相当ほっとしている。ほっとしている、というのも、妙な言い方だけど。どういう言い方をすればよいのか、いまだによくわからないので、こんな曖昧な言い方しかできない」
https://www.shinchosha.co.jp/shincho/backnumber/20181107/
小川寛太は次のようにツイートしている。
「新潮12月号『特集 差別と想像力ーー新潮45問題から考える』素晴らしかった。秋からずっと外に出さず考え続けて荒廃していた心の一角に少し光が射した。七人の寄稿者の多様性、射角の幅がすごい、まさにこれが雑誌の特集だ、と感じた。ぜひ、皆さま読んでみてください。七人全員必読です」
https://twitter.com/ogawa_shincho/status/1060030952070500353
新潮社で営業部を経て、庫編集部に異動となった小川寛太であろう。
https://www.metrobooks.co.jp/mnews/2017/01/index01.html
小川が9月21日に投稿したツイートがこれだ。
「誰もが抑圧されず、支配もされず、誇りと尊厳を奪われず、自分を愛することができる社会を目指して、私はこれからも本を作っていくと決意しました」
https://twitter.com/ogawa_shincho/status/1043188511304642560
小川榮太郎が「月刊Hanada」編集部を通じて、新潮社の佐藤隆信社長と「新潮」矢野優編集長に正式に対談を申入れたようだ。小川はフェイスブックで書いている。
「私の論を目して『常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現』として、人格・著作家としての小川榮太郎を全否定した、新潮社社長佐藤隆信氏と、雑誌『新潮』編集長矢野優氏に対して、月刊Hanada編集部にお願いし、正式に対談を申入れさせていただきます。
 ぜひ応じて頂きたく思い、この事実をあえて公表致しました」
https://www.facebook.com/eitaro.ogawa/posts/2115353198557490
ムー大陸」が「新潮」に宛てて次のようにツイートをしている。
「すみません。『新潮45』問題で一番肝心であるべき部分、社長による謝罪、かような記事が掲載されたことの御社による経緯説明や総括がまるでなされていません。また、私は小川榮太郎氏の肩をもつわけでは全くありませんが、氏は編集長と社長との対話を望んでいると聞いています」
「(続き)恐らく小川榮太郎氏自身には、御社による説明がなされていないのではないでしょうか。もし矢野編集長が11月号の後記に書かれたような志をお持ちなら、きちんと対応なさるべきではありませんか?もし彼を無視するとするならば、これは陋劣な資本の論理によるトカゲの尻尾切りでしかありません」
https://twitter.com/ONahiQY9cR1sy7Z/status/1060130477724467200
https://twitter.com/ONahiQY9cR1sy7Z/status/1060131623696445441


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2)【本日の一行情報】

◎「第2回comicoチャレンジGP」が開催されているが、「コミックナタリー」による、同コンテストの審査員長を務める「comico」編集長の武者正昭と「Gのサムライ」「うつヌケ~うつトンネルを抜けた人たち~」などWeb発のヒット作を持ち、京都精華大学の准教授でもある田中圭一との対談。武者は、小学館30年以上の編集キャリアを積み、5月に「comico編集長に就任した。
田中圭一の発言。
「人間の視野って横長だから、映画のスクリーンやテレビを観ていても一瞬で何が起こっているかわかる。そのためテンポが早く感じるんです。ところが縦長のものを観るときは視線を下ろさなきゃいけないから、必然的に時間がかかってしまう。だから間を取りたいシリアスなシーンには縦長が向く。これが縦スクロールのcomicoにおいてシリアスな女性向け作品が人気で、親和性が高いはずの4コママンガがあまりウケていない理由なんじゃないでしょうか」
武者の発言。
「マンガは進化し続けていますよね。どこかで止まると思っていたけど、全然止まらない。本当に最近はクオリティが神がかっている作品も珍しくないのに、紙の雑誌のパワーが落ちているせいで、作家さんが正当な報酬を得られていないじゃないですか。切ない話ですよ。だから作品が多くの人に見られて、きちんとお金がもらえるcomicoをそういうクリエイターが報われるようなプラットフォームにするのが僕のミッションだと思います」
https://natalie.mu/comic/pp/comico

◎「アンドロナビ」は「あの有名作品が無料で読める!3大出版社の漫画アプリ6つを比較!」を掲載している。
https://andronavi.com/2018/11/475988
マンガの主戦場は、もはやデジタルと言うべきだろう。

◎「週刊ヤングマガジン」(講談社)で連載されているアズのマンガ「手品先輩」が、テレビアニメ化されると決まった。
https://mantan-web.jp/article/20181104dog00m200035000c.html

◎野間芸賞は、橋本治の「草薙の剣」(新潮社)。野間芸新人賞には金子薫の「双子は驢馬に跨がって」(河出書房新社と乗代雄介の「本物の読書家」(講談社)。野間児童芸賞は安東みきえの「満月の娘たち」(講談社)。
https://www.sankei.com/life/news/181105/lif1811050035-n1.html
小谷野敦のツイート。
壇のはずれ者だった橋本治とはいい選択だな。野間新もまずまず」
https://twitter.com/tonton1965/status/1059639157264269312
橋本による東大駒場祭のポスター「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く」から50年なんだよね。このコピーの意味、わかりますか?キャラメルママがいたんですよ、東大には。機動隊との衝突も辞さない子供たちを心配した母親たちが白い割烹着に赤いカーネーションを胸にさした格好で赤門の前に並んで学生たちにキャラメルを配って気を落ち着かせようとしたってことがあったわけですな。
野間芸新人賞に関しては倉本さおりのツイートをお読みいただこう。
「今年の野間新、自分の中では1、2を争うほどアツいラインナップだったうえに、金子薫さんの『双子は驢馬に跨がって』と乗代雄介さんの『本物の読書家』の同時受賞という最高の結果になってほんとうに嬉しい。評価されるべき作品にちゃんとスポットライトが当てられると自分のことのように嬉しい」
https://twitter.com/kuramotosaori/status/1059414867130560512

◎ぴあは、書籍「東京最高のレストラン」と「世界最高の日本酒」の刊行を記念したイベント「ぴあプレミアムグルメを楽しむ会2018」を、12月1日に南青山の「TEST KITCHEN H」で開催する。「TEST KITCHEN H」はヒロ山田シェフの最新店。料金は、前売1万5000円。
https://www.work-master.net/2018141158

◎学研教育みらいは、絵本「こどもめいさくげきじょう~世界のおはなし21話」発売を記念して、11月10日、11月11日の2日間、杉並区にある書店「ウレシカ」にて学研映画人形アニメーション特別上映会を開催する。学研映画は1950年代~80年代に教材として制作された短編映画だ。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001899.000002535.html

◎NTTソルマーレが運営する電子書籍配信サイト「コミックシーモア」は、「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2019」を開催する。11月6日(火)~12月4日(火)に一般投票を実施している。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000255.000009284.html

◎11月7日付京都新聞「大型書店やフードホールも 京都経済新拠点に『にぎわい施設』」は次のように書く。
「地下1階から地上2階に入るにぎわい施設『SUINA室町』の開発を進めてきた大成建設がこの日、テナントを発表した。
(中略)
表玄関となる1階には、本店機能を北区から移す『大垣書店』の約1200平方メートルの京都本店(仮称)が入る。近くの四条店との住み分けでビジネス関連書も強化するなど、従来店とは違った店舗色を出すという」
https://www.kyoto-np.co.jp/economy/article/20181105000127

◎日販が発表した10月の雑誌・書籍・コミック合計売上は前年同月比0.5%減となった。内訳は、雑誌4.3%減、書籍1.7%減、コミック7.0%増、開発品10.5%増。
https://www.ryutsuu.biz/sales/k110612.html

おやつカンパニーは、発売60年目を迎えた「ベビースター」の初の公式レシピ本「ベビースターラーメンレシピ」(ワニブックス)をはじめとするベビースター関連書籍の発売を記念し、「紀伊屋書店」「三省堂書店」とのタイアップ企画として、2018年11月5日(月)より期間限定にて書店でのプロモーションを展開している。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000058.000021119.html

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3)【深夜の誌人語録】

あれかこれかの二者択一に悩むよりも、第三の選択肢を創造することに情熱を傾けたい。